昨夜もアンメルツのせいで足が痛くなった。就寝の4時間以上前に使用したはずだが、それでもダメなようだ。おそらく就寝の6時間以上前に使用しないと足が痛くなってしまうのだろう。しかも昨夜は隣のテントのライダーのいびきがうるさくて何度も起こされた。私も自分のいびきはうるさいと思うので人の事はあまり言えないが、それにしてもキャンプ場中に響き渡るような大きないびきだった。 夜中に起きるたびに雨を確認するが、まだ降っていない。4時25分に起床。テントを開けると空一面の曇天だったが、雨は降っておらずテントも濡れていない。雨降りを覚悟していただけに雨が降っていないのはありがたかった。今日は一日雨との天気予報なので撤収するなら今しかない。私はテントの中のものをすべて自転車に積み込み、急いでテントを片付けた。
5時15分にテントに戻り朝食におにぎりを食べ洗面を済ませて5時30分になった。それでも出発にはまだ早いので、旅の日記を書いて時間を潰す。天気予報を確認すると昨夜までは夜半から雨になるはずだったが、今朝の天気予報では午後からの雨になっている。これなら急いで撤収する必要はなかったが、まあ急いで撤収しても問題はあるまい。網走の天気予報は今日は曇り一時雨、明日は曇り、17〜18日は曇り時々晴れに変わっていた。今日明日は雨だと覚悟していたが、状況が少し改善してきたようだ。これなら少し走ってみようかなという気にもなってくる。
左コーナーを抜けると登り傾斜は緩やかとなり、やがて6時40分に380mの2合目に到着。知床峠は標高741.6mだからほぼ半分登った事になる。知床峠は羅臼温泉野営場を起点として知床峠の頂上までを道のりで等分割しているので、標高380mでもまだ2合目だ。ここでパンを食べながら5分休憩する。今日は急ぐ必要もないのでゆっくり走る事にしよう。
7時25分に6合目に到着。ここでもパンを食べながら5分休憩、さらに霧が深くなり視界は30mになる。さすがにこの視界では国後島や見返り峠からの眺めを楽しめるはずもなく、後続車に気を付けながら知床峠を登り続ける。前方からやってくるライダーも深い霧の為スピードを出す事ができず慎重に運転している。バイクが近づいてくると、こちらは音ですぐにわかるが、自転車は無音なので霧の中から突然チャリダーが現れたらびっくりする事だろう。 霧の中を走り続けて7時50分に知床峠の頂上に到着した。羅臼温泉野営場から1時間50分で登った事になる。2004年に同じコースを羅臼温泉野営場から知床峠まで登った時には1時間40分で登っていたので、その時よりは10分遅い記録だが、まあ大差あるまい。
ウトロ側の知床峠は直線が続くので、ブレーキをかけずに急坂を下り続けた。自転車が分解するのではないかと思えるほどのスピードで急坂を下ったが、スピードメーターを見ても60km/hには達していなかった。サイドバッグに荷物を満載した自転車でスピードを出して下るのはなかなか勇気がいるものだ。
知床自然センターを過ぎてさらに下ると、今度はプユニ岬に到着した。ここはオホーツクの美しい海岸線やウトロ港が一望できるので私のお気に入りの場所でもある。今日は曇っていたのであまり写真映りは良くないだろうとあきらめていたが、視界はよかったのでまだマシだった。もちろん晴れた時の空の青さや海の青さに比べたら全然ダメだが仕方ない。ウトロにはこれまで何度も来ているが、ほとんど晴れたためしがないような気がする。
8時40分にウトロの町に入ると、知床野営場に行く前にウトロ港に行って知床観光船の乗り場を確かめる事にした。オロンコ岩のトンネルを抜けた先に知床観光船乗り場はあった。ウトロ港に行くと知床観光船と言っても大きな網走流氷観光砕氷船おーろら号で行くものから、小型のクルーザーで行くものまで色々ある。私はとりあえず一番無難なおーろら号で行く事にして、切符売り場に行き切符を購入する。6000円と高かったが、まあ仕方がないだろう。何時までに乗り場に行けばいいのか聞くと、9時50分乗船開始だが、並ばれるのだったらもっと早くから並ぶ事ができると言われた。並ばないと乗船できないのですかと聞くと、いい席を取るのだったら並ぶ必要があるとの答えだった。どうせ私は席など取らずにデッキでずっと写真を撮っているのだから、9時50分に行けば十分だろう。 まだ乗船開始までに1時間以上あったので、キャンプ場に行ってテントを張ってくる事にした。ホテル街への急坂を登り、知床野営場に向かった。9時ちょうどに知床野営場に到着。受け付けをしようとしてびっくりした。今までの知床野営場の管理棟はぼろい建物だったが、そのぼろい建物のあったはずの場所に、きれいで立派な真新しい管理棟が建っていたのだ。どうも今年に管理棟を新築したらしい。これもやはり知床が世界遺産に登録された効果だろうか。その割にはそれ以外の施設は貧弱で、汲み取り式のトイレは廃止されたが、サイト側のトイレは簡易トイレだった。きっと何年かかけて改修していくのだろう。個人的には多少ぼろくても静かなキャンプ場を望みたいので、あまり設備を新しくしすぎて、家族連れで埋まってしまわない事を祈る限りだ。
とりあえず雨が流れ込まないような少し高台になった場所を選ぶとテントを張った。そして近くにテントを張っていたライダーらしき人と話をする。彼はこの時間からキャンプ用の椅子に座って本を読んでいた。きっと昨日羅臼温泉野営場で話をしたライダーと同じように、この知床野営場に常駐しているライダーなのかもしれない。そのライダーの話によると、つい先ほどまでこの付近には北海道大学のサイクリング部の学生たちが大挙してテントを張っていたそうだ。おそらく40〜50人はいたと思われるが、さぞかし賑やかだった事だろう。ついでに夕陽台に行ってウトロの町を見下ろすが、あいにくの曇り空で眺めはあまりよくなかった。私はこのキャンプ場に3回来ているが、私が来る時はいつも曇りだ。 9時30分に知床野営場を出発し、急坂を下ってウトロの町に出た。先程、知床観光船の乗船券6000円を払って財布の中身が心細くなった事もあり、ウトロの郵便局で1万円だけお金をおろす。そして隣のコンビニで、観光船の中で食べる為の弁当とジュースを購入する。そして9時45分にウトロ港に行くと、港はもう人でいっぱいだった。自転車置き場に自転車を止めるとカメラと弁当とジュース、そして雨に備えてレインスーツを持って列に並び、10時前におーろら号に乗船した。
やがておーろら号はウトロ港を出港し、滑るように港を離れていった。そして船がプユニ岬を通り過ぎ、放送による観光案内が始まる頃には、席に座っていた一般の観光客もぞろぞろとデッキに出てきた。しかしその時には既にデッキの眺めのいい場所は確保していたので時既に遅く、座席を確保していた人たちは人垣の間からしか眺める事はできなかったようだ。 さてここで網走流氷観光砕氷船おーろら号について説明しよう。おーろら号は観光を目的として建造された砕氷船である。砕氷船本来の目的は氷海にて一般船舶の航路を切り開きながら旅客や物資等を運搬する事にある。その中で港から港への定期航路ではなく遊覧を目的とした砕氷船はおーろら号が世界初となる。おーろら号は1990年に完成し、冬は流氷観光船として網走沿岸を遊覧し、夏は知床観光船としてウトロから知床岬を往復している。 おーろら号は全長45m、全幅10m、総重量491トン、最大速力14.3ノット、定員450名の流氷観光砕氷船だ。紋別で運行されているガリンコ号Uは砕氷方式がおーろら号とは異なり、船体の最前部にあるドリル状のアルキメディアンスクリューを回転しながら砕氷して進む方式に対して、おーろら号は南極観測船しらせと同様、氷海を船の重さで砕氷してゆく方式である。個人的にはドリル状のアルキメディアンスクリューの方が見た目が派手で観光客受けしやすいような気がする。
このクンネポールあたりはカヤックで海にこぎ出ている人が見られた。おそらくウトロの浜辺からカヤックでこいでクンネポールの洞窟の浜辺まで探索しているのだろう。とてもおもしろそうだったが、おーろら号のような大型船に比べるとカヤックはあまりにも小型で、横をおーろら号が通り過ぎただけで、その波で翻弄されて大変そうだった。 知床半島は断崖絶壁の地で、とてもこんな岩山を開拓できるようには思えない。しかしクンネポールを過ぎると所々に浜辺があって、その浜辺にしがみつくように人が生活している痕跡があったが、きっとこんな場所には宅急便も郵便物も届かないだろう。 この知床岬への航路には、大型観光船であるおーろら号の他にKAZU、ドルフィン、FOX、MAKO、カムイワッカなどの、いずれも全長10mちょっと、定員50名程度の小型クルーザーが多数走っている。これらの小型クルーザーは知床岬まで行くと、いずれも8000円とおーろら号より高いが、おーろら号と違って陸に近いところを走るので、滝などにより近くまで接近できるという特徴がある。私は今回無難におーろら号に乗船したが、おーろら号から見ていると小型クルーザーにも色々タイプがあるようだ。私はどうせ小型クルーザーに乗るのだったら、船内からしか見られないクルーザーではなく、デッキの上から見る事のできるクルーザーに乗りたいと思ってしまった。そういう意味ではカムイワッカ号が一番良さそうに思えた。それでも小型クルーザーは揺れが激しいし、撮影に適したベストポジションに陣取るのも難しいかもしれない。
この知床観光船おーろら号は知床半島の海岸沿いを知床岬まで航行するが、この付近は海岸沿いに定置網が多く、その度に船は定置網を避ける為に海岸線沿いから離れて、定置網がなくなるとまた海岸に近づくのを繰り返す。かなりジグザクに航行するが、定置網を避けながらできる限り海岸沿いを航行しようとするとこうなってしまうのだろう。 さらに進むと今度はカムイワッカの滝が見えてきた。このカムイワッカの滝は、私も昨年入ったカムイワッカ湯の滝のあるカムイワッカ川の下流にある滝で、オホーツク海に直接流れ込む珍しい滝だ。このカムイワッカ川は硫黄山から流れ出す温泉成分が強酸性で強い硫黄成分を含むため、有毒であり生物が生息できない。このカムイワッカの滝が雄大な硫黄山をバックに映えていたので写真を撮る。 ここまで標高1661mの羅臼岳や標高1563mの硫黄山など、低い場所でも標高1300mを越える壁のような知床山脈が続いていたが、カムイワッカの滝を過ぎると標高1254mの知床岳までの間、知床半島は壁が途切れて標高300m程度のなだらかな地形となる。この区間はルシャ乗越しからルシャ川に吹き出す「ルシャだし」と呼ばれる風が通り抜けるので、カムイワッカの滝を過ぎると急に風と波がひどくなった。
今日は雨が降るかと思ってレインスーツまで持ってきたが、ウトロから先の知床半島は薄日の差す曇り空で、しかもチャラッセナイの滝あたりからは時々太陽まで顔を出し、雨の心配どころか日焼けの心配をしなければならないほどだった。おかげで真っ青な空と言うほどではないが、それでもそれなりの写真を撮る事ができた。 気付かないままたこ岩を通過し、やがてカシュニの滝に到着した。カシュニの滝はチュラセイ、つまり滝が落ちている所という意味で、知床岳から流れてきたチャラセナイ川の清流が、巨大な洞窟を背景にオホーツク海に直接流れ落ちる豪快な滝だ。ゆえに知床観光船のスポット的な存在となっている。おーろら号のような大型観光船ではあまり近くまでは近付けないが、小型クルーザーはカシュニの滝のギリギリまで接近していた。写真を撮るなら近くまで行ければいいというものではないが、次に知床観光船に乗る時には小型クルーザーでもいいかなと思ってしまう。
観音岩を過ぎると知床山脈は険しさがなくなってなだらかになり、やがてメガネ岩が見えてきた。このメガネ岩は北海道の名付け親である松浦武四郎の知床日誌では、昔弁慶が蝮退治した時、その妹がこの穴から見ていたという伝説の岩だ。 でもこういった観光地の岩で、尖っていたらみんなローソク岩という名前になるし、穴が開いていたらみんなメガネ岩という名前になるような気がする。 メガネ岩、獅子岩と続くと、ようやく知床岬だ。知床岬は海面から30〜40m崖を登った台地の上に比較的広い草原があり、何となくこの断崖絶壁の中のオアシスというか楽園というかシャングリラのように見えてしまう。そしてその草原の後ろの山の中腹に知床岬灯台が建っていた。ここは一般の人の立ち入りが禁じられており、まさに地の果てのような場所だった。
往路は最上階のデッキで右舷側の一番いい場所を独占していたが、復路は逆となってしまう。しかしほとんど観光地は行きに撮影していたので、私はデッキの上の煙突の日陰にあったベンチに座るとコンビニで買った弁当を食べる事にした。往路はみんなデッキの上に出ていたが、復路は船内に戻ったりベンチで弁当を食べたりデッキで写真を撮ったりと、みんなバラバラで、何をするにも余裕があった。 食事を終えた後もベンチに座って旅の日記を書いた。デッキの上のベンチは日陰で太陽の直射日光が当たらないだけでなく、往路にはうるさくて聞こえなかった観光案内の放送が聞こえるので、放送を聞きながら写真を撮り逃した場所の写真を何枚か追加で撮影する。往路と違って復路はデッキもガラガラなので写真を撮るのも楽だった。
オーバーハングあたりで船から知床連山のパノラマ写真を撮影する。さすがに動いている船からパノラマ写真を撮るのは難しいが、それでもどうにかそれらしく撮る事ができた。ただ、知床岬付近では晴れていたが、ウトロに近付くにつれ再び曇り始め、知床連山は頂上まで見渡す事はできなかった。
おーろら号を下船すると自転車を回収し、ウトロの町のコンビニに立ち寄る。本当なら今日も自炊といきたいところだが、ガスの残りが少なかったのと、夕方になって雨が降り出したら自炊できなくなってしまいそうだったので、コンビニ弁当とカップ野菜、寝酒、ヨーグルト、そして明日の朝食にパンとおにぎりを購入する。バナナヨーグルトは今回の北海道自転車ツーリングではまさにマイブームとなってしまったようだ。
テントに戻ると着替えを済ませ、ズボンも含めて着ていた服をすべて洗濯する。ズボンを乾かしている間はジャージー姿だ。14時40分に洗濯が完了すると洗濯物を自転車に干す。自転車に干したところでこの天気では乾くはずもないが、少しでも水分を垂らしておかないと乾燥機にかけても乾かないのだ。30分ほど自転車に干していたが、これ以上遅くなると夕陽台の湯が混雑しそうだったので、15時10分から洗濯物を抱えて歩いて夕陽台の湯に向かう。 夕陽台の湯に行くと、温泉に入る前にコインランドリーに行く。今日は昨日羅臼温泉野営場で洗濯してまだ乾いていない洗濯物と、先程洗濯したばかりの洗濯物を乾燥させなければならない。これだけ大量の洗濯物があると乾燥機に入れてもなかなか乾かない。また大量のお金を乾燥機に取られるのかと覚悟していたら、驚いた事にこの夕陽台の湯の乾燥機は100円で40分という格安価格だった。これは一般的な乾燥機の値段の半分から1/3程度だろう。今日はこれまで履き続けたズボンとシャツ1枚、サイクリングジャージー1枚、サイクルパンツ2枚、靴下2枚を乾燥させる必要があったので、40分では乾かないと考え、80分間の200円を投入する。 洗濯物を乾燥機に投入すると、今度は温泉に向かう。まだ時間が早かったせいか温泉は誰も入っていなかったので、露天風呂の写真を撮る。夕陽台の湯の露天風呂は夕陽が見られる事で有名だが、私に言わせれば木が多くて見晴らしは悪い。もう少しまわりの木を伐採して見晴らしをよくしてくれた方が開放感があっていいと思う。
今朝の天気予報では今日はウトロは一日雨だったはずなのに、朝は曇ってこそいたが視界はよく、知床岬は晴れてさえいた。さすがに夕方になってから視界も悪くなってきたが、それでも今日は一日雨と言われて覚悟していただけに、撤収も設営も雨に遭わずに済んで助かった。よく考えたら私の北海道自転車ツーリングの設営と撤収で雨だったのは、2003年の羅臼、2006年の阿寒町と浜小清水くらいではないだろうか。そう考えるとどうにか雨を避けながら設営撤収しているような気がする。 16時30分になったので乾燥機から洗濯物を回収すると、あれだけ濡れていた大量の洗濯物が、ものの見事に乾いていた。この夕陽台の湯の乾燥機は値段も安くて性能もいいので、私のお気に入りとなってしまった。1台しかないのが欠点ではあるが、これからも活用させてもらおう。 夕陽台の湯を出ると、外は雨が降っていた。温泉まで歩いてきたのでレインスーツは持っていないが、帰れないほどではなかったので雨に打たれながら歩いて帰る。天気予報では雨だったのだから仕方ないだろう。テントまで戻ると洗濯物を片付け、やる事もなくなったので16時50分から足にアンメルツを塗って至福の時を過ごす。昨日も早い時間に塗ったのに夜中に足が痛くなったのはなぜだろう。就寝する6時間以上前に塗らないといけないのだろうか。
ウトロではワンセグが入るので18時からNHKのニュースを見る。旅の日記は温泉の休憩室で書き終わってしまったので、30分ほどニュースを見るとやる事もなくなってしまった。ワンセグはバッテリーの消耗が激しいのであまり長時間見る事もできない。18時を過ぎると雨が激しくなってきて、いつもなら遅くにやって来るライダーもあまり姿を見かけない。おそらく雨の中の設営を嫌がってライダーハウスに逃げたのだろう。 時間も余ったので明日以降の予定を考える事にした。明日はキムアネップ岬まで135km程走るか浜小清水まで80km程走るか、天候次第だ。明日は斜里の知床博物館に行きたいが、知床博物館は9時スタートなので、ここを6時30分頃に出発といったところか。いや、峰浜にある天まで続く道にも行きたいので、ここを6時出発とし、9時に知床博物館、11時30分に喫茶停車場にすれば、17時にはキムアネップに到着するだろう。 19時からオリンピック柔道の試合を見る。20時30分にはやる事もなくなってしまい、今日は少し早いが寝る事にした。根室釧路を抜けて以来、夜が寒くなくなり、今日もそれほど着込む事なく寝る。明日の朝、雨が降っていない事を祈る限りだ。
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