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フランダースの犬  ストーリー詳細

第1話 少年ネロ
 1870年代の初め、ベルギーのフランダース地方、アントワープに近い小さなブラッケン村に少年ネロジェハンおじいさんが一緒に暮らしていました。おじいさんとネロは毎朝村でとれた牛乳をアントワープの牛乳店まで運び、細々ながらその運賃を貰って生計を立てていました。ネロはまだ小さくて、おじいさんの引く荷車を一人で引く事はできませんでしたが、荷車を後ろから押したり、牛乳缶を洗ったりしておじいさんの仕事を手伝います。おじいさんは自分が年老いて働けなくなる前に、ネロが一人前になってほしいと願っていました。
 ネロの家の隣にはヌレットおばさんが、アヒルのクロと一緒に住んでいました。ヌレットおばさんはとても親切な人で、お母さんのいないネロの母親代わりとなって親しく近所付き合いしていました。またネロにはアロアという名のガールフレンドがいました。アロアは地主で村一番のお金持ちなコゼツ旦那の一人娘でしたが、ネロとアロアは身分の違いなどにはおかまいなく、いつも楽しく遊んでいました。
 ある朝の事、ネロがおじいさんに付き添ってアントワープまで行こうとした時、アロアからお金を渡されイチゴ飴を買ってきてほしいと言われます。ネロはアロアの為にアントワープの駄菓子屋まで行ってイチゴ飴を5つ買いました。ところがその帰りに金物屋にムチ打たれる犬を見かけたのです。犬は必死で重い屋台を引こうとしていましたが、金物屋は容赦なくムチで叩き、犬は悲鳴を上げるばかりです。ネロは犬がかわいそうで見ていられませんでした。金物屋がいなくなった隙に、ネロは犬に水をあげると、犬は喜んでおいしそうに飲み干します。ところが金物屋が戻ってきてしまい、再び犬はムチで打たれて歩き始めるのでした。
 ネロが犬に水をあげている間に、アロアの為に買ったイチゴ飴を子供たちに取られてしまいました。ネロは慌てて返してもらいますが、イチゴ飴は4つに減っていました。ネロは村に帰る途中、アロアにどう説明しようか悩んでいました。しかしネロがアロアにイチゴ飴を手渡し、4つになってしまったと謝ると、アロアは「ちょうどよかった。いっつも1つ余って困ってたの」と言い、ネロにイチゴ飴を2つ渡して自分が残りを取り、ネロとアロアは村が一望できる丘の上の大きな木の下でイチゴ飴を食べ、陽が暮れるまで遊び続けるのでした。
 今日も一日が終わりました。おじいさんと二人で貧しいながらも楽しい毎日を送っているネロの胸に、お母さんの懐かしい想い出とともに1つの情景が浮かんで来ました。ネロにはそれがどこなのかわかりません。ただその情景の中で何か神秘的な力がネロの魂に呼びかけて来るのです。
第2話 アロアと森へ
 ある日、ネロはおじいさんに頼まれ、おじいさんと一緒にアントワープには行かず、森へイチゴを摘みに行く事になりました。それを知ったアロアもネロと一緒に森に行きたいと言いだし、アロアのお母さんのエリーナにお弁当を作ってもらって一緒にイチゴ摘みに出かける事にしました。アロアは森に行くのが始めてだったので、楽しくて仕方ありません。二人で野イチゴを摘んだりお弁当を食べて鬼ごっこをしたりしていると、空模様が怪しくなってきました。ネロは今から村に戻っていたら雨に濡れてしまうと考え、森の中に住んでいる、木こりのミッシェルおじさんの山小屋で雨宿りをする事にしました。
 雨に濡れながら山小屋に着く直前、アロアは小川にイチゴの入った籠を落としてしまいました。ネロはミッシェルおじさんに頼んでアロアを雨宿りさせてもらうと、自分はアロアの落とした籠を拾いに小川を下ります。ネロが山小屋に戻って来た時にはネロは濡れネズミとなっており、しかもアロアの籠に入っていたイチゴが川に流されて減っていたので、自分の鞄からイチゴを分けてあげたのです。そんなネロを見ていたアロアは、とっても嬉しく思うのでした。
 ネロは雨宿りの間、ミッシェルおじさんの山小屋で木の板に絵を描いて時間を潰しました。アロアはネロが絵を描いているのを見るのが初めてでした。というのは、ネロの家には紙がなく、おまけに木の板もすぐに薪として燃やされてしまうので、絵を描く事ができなかったのです。
 ようやく雨も上がり、ネロとアロアは村に帰って来ました。ところが雨宿りで帰宅が遅れてしまった為、コゼツ旦那を怒らせてしまったのです。コゼツ旦那は自分の一人娘が貧乏人のネロと一緒に遊ぶのを不愉快に思っていました。お母さんのエリーナはネロを不憫に思ってネロをかばい、アロアとネロが村に戻って来た時には、ネロに食事まで渡しました。ネロはアロアのお父さんを不機嫌にしてしまった事など夢にも知りません。エリーナの親切に、そしてアロアとの楽しかった一日に心はずませて家路に向かうのでした。
第3話 アントワープの町で
 今日もネロはおじいさんの引く荷車を押して朝早くからアントワープまで歩きます。アントワープに続く運河沿いの道を歩きながら、おじいさんはネロに語りかけました。「おじいさんはな、ネロ。お前が早く大きくなって力の強いたくましい男になってほしい。わずかでもいい、自分の土地を持って一生懸命働くんじゃ。そうすればお前の事じゃ。きっと旦那と呼ばれるようになるよ」と言うと、ネロは「うん、僕早く大きくなっておじいさんに楽をさせてあげるよ」と言うのでした。
 ネロはアントワープの町はずれて一人の絵かきを見かけます。その絵かきは教会の絵を描いており、ネロにはその絵がとても素晴らしく思えて、いつまでも見続けていました。絵かきはネロがよほど絵が好きだと考え、ネロに絵についての講義をするのでした。
 アントワープの大聖堂の前でおじいさんと待ち合わせをしている時、ネロは大聖堂の中にマリア様の絵があり、おじいさんがその絵の前で祈りを捧げているのを発見しました。今までネロの胸の中でお母さんと共に浮かんで来た神秘的な情景がここだった事がわかったのです。ネロはすっかりその絵が気に入ってしまいました。その日はお母さんの6回目の命日だったのです。しかしおじいさんはネロがお母さんの事を想い出して寂しがるといけないと思い、何も話さなかったのです。懐かしいお母さんの事をはっきりと想い出しただけでなく、今ネロは目の前にあるマリア様の絵に強く引かれたのでした。
 アントワープからの帰り、ネロは再び金物屋にムチ打たれる犬を見かけました。ネロは犬をかわいそうに思い、いつまでもその情景が目に離れないのでした。
第4話 新しい友達
 ネロは朝から考え事をしていました。それはあの金物屋にムチ打たれていた犬の事を考えていたのです。ネロは朝ご飯のパンを残すと、あの犬に出合った時にあげようと食べ残したパンをポケットに詰めるのでした。ネロはウナギを釣ろうと考え、ヌレットおばさんの庭の池でミミズを取ると、アントワープへの道沿いにある運河で釣りを始めます。ウナギを釣っていた時、ネロはジョルジュとその弟のポールと知り合いになりました。ジョルジュはネロの事が気に入り、ウナギのよく釣れる場所へ案内しました。するとそこへハンスの馬車が通りかかったのです。馬車にはアロアとハンスの一人息子のアンドレが乗っていました。ハンスはコゼツ旦那に少しでも取り入ろうと、アンドレとアロアを仲良くさせたかったのですが、内気なアンドレはアロアに少しも相手にされず、ネロを見かけたアロアは一緒に釣りをすると言って馬車を降りてしまいます。ハンスはネロに気を悪くしましたが、アロアに文句を言う事もできず、アンドレを少しでもアロアに近づけようと、アンドレもアロアと一緒に馬車を降ろすのでした。
 ネロとジョルジュ、ポール、そして後からやって来たアロアとアンドレは運河で釣りを始めました。ネロの釣り竿に大きなウナギがかかりましたが、惜しくも逃げられてしまいます。今度はアロアの提案で、みんなでかくれんぼをする事にしました。ところがその最中にポールが運河に落ちてしまったのです。それを見たネロはポールを助けようと泳げないのに自分も運河に飛び込み、ちょうど通りかかった船に助けられました。ジョルジュは泳げないのに飛び込んで弟を助けようとしてくれたネロを見直し、ジョルジュとネロは親友になるのでした。
 家に戻ったネロはおじいさんに、ポケットから水に濡れたパンが出て来たと言われます。それは金物屋の犬にあげようとしたパンでした。犬にはとうとう逢う事ができませんでしたが、街で新しい友達ができたのです。ジョルジュとポール。見かけはわんぱくですが明るくのびのびとしたいい子供たちでした。
第5話 パトラッシュ
 翌日、ネロがおじいさんと一緒にアントワープに向かっていた時、道端でジョルジュとポールが待っていました。2人はネロに逢いたかったのです。ジョルジュとポールはネロとおじいさんが牛乳缶を乗せた荷車を引いているのを見て、ジョルジュはおじいさんに代わって荷車を引くのを手伝います。今はネロとジョルジュとポールは、まるでずっと前からの友達のように、明るく心の通い合う友達になっていました。
 ネロはジョルジュに案内された、壊れかかった塔に登りました。その塔から見下ろすアントワープの町はネロを感動させましたが、ネロの目に金物屋に連れられた犬の姿が目に入ったのです。ネロはすぐに塔を降りて犬の後を追いました。ネロはそこで犬がパトラッシュという名前である事を知ります。金物屋はパトラッシュをムチで叩くばかりでネロはその光景に心を痛めますが、ネロにはどうすることもできませんでした。金物屋は重い屋台を引かせながら水も飲ませようとはしないのです。ネロは何とかしてパトラッシュに水を飲ませてやりたいと思い、金物屋が酒場で酒を飲んでいる隙にパトラッシュに水を飲ませてやりました。ところがそこへ金物屋が戻って来たのです。金物屋が「この小僧、いらぬおせっかいしやがって。こいつはわしの犬だ。おめえたちの世話は受けねぇ」と言ってネロを突き飛ばすと、ネロは「自分の犬だったらもっと大事にしてやったら」と言いますが、金物屋は怒って再びパトラッシュをムチで叩いてどこかに行ってしまうのでした。
 ネロは村に戻ってからもパトラッシュの事ばかり考え、アロアの言葉も耳に入りませんでした。それよりも金物屋にムチ打たれるあのパトラッシュが心配で心配でたまらないのです。その頃、ネロが心配したように、パトラッシュは金物屋のムチに脅え、苦しそうにあえぎながら遠い遠い夕陽の道を歩いて行くのでした。
第6話 がんばれパトラッシュ
 ブラッケン村に夏がやってきました。今日は月初めのセリ市なので、金物屋も屋台をパトラッシュに引かせてアントワープに向かいます。しかし重い屋台を引きムチで打たれ続けたパトラッシュは、もう体が思うように動きませんでした。というのも丸一日ほとんど食事も水も飲ませてもらえなかったのです。とうとうパトラッシュは力尽きて倒れてしまいました。金物屋は倒れたパトラッシュをむりやり起こして屋台を引かせようとしますが、パトラッシュは起き上がる事ができないまま意識を失ってしまいます。金物屋は「子供の時から面倒見てやったのに、俺様に何一つ恩返ししないで。何ってこったい。てめえのおかげで、とんだ俺様が荷物を引っ張らにゃならんのだぞ」と言い捨てると、倒れたパトラッシュを土手から突き落とし、自分で屋台を引いてその場を立ち去ってしまうのでした。
 ネロはおじいさんの牛乳運びを手伝ってアントワープの街に来た時、きっとパトラッシュもアントワープに来ているだろうと考え、市場を探して歩きますがパトラッシュの姿はどこにも見つかりません。ネロは金物屋の姿を見かけますが、パトラッシュの姿はなく、金物屋は「野郎、くたばっちまったよ。使い物にならなくなっちまったから、ほり出して来たよ」と言うだけで、怒って場所も教えてもらえませんでした。
 パトラッシュは金物屋に捨てられたのです。それを知ったネロはじっとしていられませんでした。どこかの土手で倒れているパトラッシュを何としても見つけ出さなければパトラッシュはこのまま死んでしまうかもしれません。ネロはアントワープからの帰り道、運河沿いの道をパトラッシュの姿を探しながら歩きました。すると帰り道の土手にパトラッシュが意識を失ったまま倒れていたのです。ネロはパトラッシュが生きている事を確認すると、おじいさんと二人でパトラッシュを荷車の荷台に乗せ、家まで連れて帰るのでした。
 家に戻ったネロは納屋に干し草を敷いてパトラッシュの寝床を作り、そこでパトラッシュを一生懸命看病しました。しかし名前を呼んでもパトラッシュはいっこうに意識を取り戻す気配はありません。今パトラッシュは激しい疲れから生死の境をさまよっていました。ネロはパトラッシュが少しでも早く気が付いてくれるように一生懸命なのです。意識を取り戻さないパトラッシュに対し、ネロは食事も忘れ、徹夜で看病しました。ネロが一生懸命パトラッシュに呼びかけている間、パトラッシュはいったい何を考えていたのでしょう。呼び続けているうちに、ネロはいつしかパトラッシュと抱き合うようにして眠りに落ちていたのでした。
第7話 スープをおのみ
 翌朝、目を覚ましたネロはパトラッシュが生きている事を確認し安心します。しかしまだパトラッシュは意識を取り戻しませんでした。おじいさんは庭で栽培していた薬草を摘むと、それを少しだけネロに渡し、煎じてパトラッシュに飲ませるように言って、アントワープの町まで牛乳運びと、薬草を売りにでかけるのでした。
 アロアが様子を見にやって来ました。アロアはパトラッシュが死んでいるのではないかと思ってパトラッシュの体に触ると、パトラッシュは意識を取り戻したのです。ネロは大喜びでパトラッシュに水をあげようとしますが、パトラッシュは飲もうとしません。パトラッシュは戸惑っていたのです。今までは金物屋の主人にいじめられ通しで、生まれてから今日までこんなに優しくされた事がなかったからです。それでもパトラッシュはおいしそうに水を飲み干しますが、元気を取り戻すまでには至りません。ネロは何か食べさせてやろうと考えますがネロの家には食べる物が何一つありませんでした。そこでアロアが何か食べる物を持って来ると言って家に戻ります。しかしアロアが家に戻るとコゼツ旦那は不機嫌で、アロアをむりやりアントワープまで連れて行ってしまいます。アントワープに向かう馬車の中でアロアの心はネロとの約束を破った悲しみで深く落ち込むのでした。
 ネロはおじいさんからもらった薬草を煎じてパトラッシュに飲ませようとしますが、パトラッシュは嫌がって飲もうとはしません。しかしパトラッシュの様態が悪くなったのを見たネロは、どうしていいかわからなくなり、嫌がるパトラッシュにむりやりに薬草を煎じたものを飲ませるのでした。
 おじいさんはアントワープで薬草を売りました。しかし量が少なかったので、ほんのわずかでしか売れず、そのお金を持って肉屋に行き、肉を買おうとしましたが、お金が少なかったので、ほとんど骨ばかりのわずかな肉しか買えませんでした。それでもネロはおじいさんがパトラッシュの為に肉を買って帰った事を知ると、肉入りのスープに感激し大喜びです。パトラッシュはわずかに肉の入ったスープをおいしそうに飲み干し、元気をつけていきます。
 その夜、ネロは再びパトラッシュの横で眠ると、ネロは夢を見ました。それは美しい花の咲く丘をアロアとパトラッシュと一緒に走り回っている夢でした。
第8話 ほえたよおじいさん
 朝、目を覚ましたパトラッシュは優しいネロの家にいる事がまだ信じられませんでした。すぐにでもあの恐ろしい金物屋の主人が出て来そうで不安だったのです。パトラッシュはネロに看病してもらい、アロアが自分のお弁当に持ってきた干し肉を食べて少しずつ元気を取り戻していきますが、まだ起き上がる事はできませんでした。
 ネロとアロアはパトラッシュの為に納屋の風通しのよい窓際にベッドを作る事にしました。ネロが裏の林で小枝を集めて戻って来ると、パトラッシュが立ち上がっていたのです。ネロはパトラッシュが元気になった事を知って大喜びでパトラッシュを抱きしめるのでした。
 ヌレットおばさんは大きなパトラッシュを見てびっくりしますが、逆にパトラッシュもヌレットおばさんを見て脅えてしまいます。生まれてからずっと金物屋の主人にいじめられてきたパトラッシュは、まだ人間は恐ろしいものだと思っていたのです。ネロの作ったベッドは完成しましたが、ネロとパトラッシュがベッドに乗り、おまけにアロアがベッドで飛び跳ねると、ベッドは重みに耐えかねて壊れてしまいます。ネロは今度は干し草だけでベッドを作り、そこをパトラッシュの寝床とするのでした。
 おじいさんはアントワープの町で金物屋を見かけました。金物屋は新しい犬を連れていました。おじいさんはパトラッシュが元気になった事を金物屋が知ったらどうなるのか、少し不安になってしまいます。おじいさんが家に戻るとパトラッシュは元気に吠え、おじいさんやネロの周りを駆け回りだしたのです。ネロはパトラッシュが元気になったと大喜びでした。夜になりネロはパトラッシュを今日作ったばかりのベッドで寝かせようとしますが、パトラッシュは納屋ではなくネロの横で寝ようとします。パトラッシュにとって納屋の柔らかい干し草のベッドよりも、例え木の固い床の上でもネロの横で寝るほうが寝心地が良かったのです。
第9話 おもいでの鈴
 パトラッシュもすっかり元気になり、ネロやアロアと野原を駆け回れるようになりました。ネロとアロアは嬉しくて一日中パトラッシュと一緒に楽しく遊びます。翌日、おじいさんとネロがアントワープへ牛乳を運ぶ時にパトラッシュとアロアもついて行く事になりました。ところがパトラッシュは労働犬として働いていた頃の事を思い出し、荷車を自分で引こうとするのです。おじいさんはいいんだよと言って荷車を自分で引きます。ネロたちは途中でジョルジュとポールに出合い、みんなで花輪を作ってパトラッシュの首にかけるのでした。
 おじいさんは先にアントワープまで行くと、金物屋を見かけました。おじいさんはパトラッシュが金物屋に見つからなければいいがと思わずにはいられません。そして子供たちもパトラッシュと一緒にアントワープまでやって来ました。パトラッシュにとってアントワープの町は苦しい想い出でしかありませんでした。子供たちがアントワープの町に入ると金物屋の知り合いのおじさんが話しかけて来たのです。おじさんはパトラッシュが金物屋にいじめられていた事に心を痛めていたので、パトラッシュがネロに可愛がってもらっている事を嬉しく思いましたが、金物屋に見つからないようにと言います。一度捨てた犬ですが、金物屋はそんな理屈が通用する相手ではありませんでした。
 ネロはすぐに教会の前で待っているおじいさんのところに行ってアントワープの町を出ようとしますが、歩き回ると金物屋に見つかる恐れがあるので、ジョルジュがおじいさんを呼びに行き、その間ネロたちは路地に隠れている事にしました。ところがそこへ金物屋が通りかかったのです。金物屋はパトラッシュに気付き、ネロとパトラッシュは金物屋に追いかけられ何とか逃げ切ることはできましたが、パトラッシュが元気な事を金物屋に知られてしまうのでした。
 その夜ネロはなかなか寝つかれませんでした。今にもあの恐ろしい金物屋が現れるような気がして、落ち着かなかったのです。翌日ネロはパトラッシュに首輪を作ってやろうと決心し、事情を察したおじいさんが鈴の付いた首輪を作ってくれました。その鈴はネロがどこにいてもすぐにわかるようにと、今は亡きネロのお母さんがネロの為に買ってきたものでした。首輪を付けたパトラッシュは、いかにもネロのものだよと言っているかのようでした。
第10話 アロアのブローチ
 ある日の事、おじいさんは荷車を引いて一人でアントワープに行き、ネロとパトラッシュは森へ薪を拾いに出かけます。それを知ったアロアもネロと一緒に森へ行く事にしました。アロアのお母さんは先日、ネロとアロアが森に出かけて雨に打たれて帰りが遅くなってしまった事を心配して早く帰るようにと言います。アロアはお父さんからもらったブローチを胸に付けていました。アロアはあまりそのブローチが似合わないと思い、外そうかと思っていたのですが、ネロによく似合うと言われ、そのまま付けていたのです。
 森をネロとアロア、そしてパトラッシュは楽しそうに歩きます。パトラッシュは森や林を歩いた事は幾度もありました。でもいつも金物屋のムチに脅かされ重い荷物を引かされての事でした。今日のように自由に歩く事は初めてだったのです。広場ではしゃぎ回った後、喉が渇いたので谷川まで降りて水を飲む事にしました。ところが谷川に降りる途中、アロアは気付かないうちにブローチを落としてしまったのです。谷川に降りたところでネロはアロアのブローチがない事に気付き、必死になって探しましたが見つかりません。ネロはエリーナから早く帰るように言われていたのが気がかりでしたが、あと1回だけ通ってきた道を探す事にし、何とかブローチを見つけるのでした。
 ネロとアロアは薪をたくさん拾い、それをロープで縛ってネロが背負って森を降ります。パトラッシュは不思議でなりませんでした。金物屋はいつも重たい荷物をパトラッシュに引かせて自分では何一つしようとはしないのにネロは違う。ムチの代わりに優しい心づかいで、荷車の代わりに森をのびのびと駆け回る自由を与えてくれたのです。ネロのおかげで生きる喜びを与えられたパトラッシュは、これから先どんな事があっても決してネロから離れまいと思うのでした。
第11話 エリーナの花畑
 ある日の朝、おじいさんがアントワープまで荷車を引こうと庭に出るとパトラッシュが荷車を引こうとするのです。おじいさんは「神様はお前たち犬が人間みたいに働くようにはお作りにならなかったのだ。でも、そうまで言うのならそのうち引き布をこしらえる事にしよう。それまではおじいさんに引かせておくれ」と言って自分で荷車を引くのでした。
 アントワープからの帰り、ネロはジョルジュとポールに出合い、2人はネロ家まで案内してもらって、村で遊ぶ事にしました。その頃アンドレは飼犬のダックスと一緒に村で遊んでいました。しかしダックスはエリーナの栽培しているチューリップ畑を踏み荒らし、チューリップをダメにしてしまったのです。アンドレは恐くなってダックスを抱いたまま逃げ出してしまいました。そこへネロとパトラッシュ、そしてジョルジュとポールが通りかかったのです。アンドレは脅えながら逃げてしまい、事情を知らないネロたちは不思議な思いで見送るのでした。
 ネロとパトラッシュ、そしてジョルジュとポールが丘の上で遊んでいた時、ハンスが通りかかりました。そしてハンスはエリーナのチューリップ畑が荒らされている事に気付いたのです。ハンスはチューリップ畑に犬の足跡があった事から、パトラッシュの仕業と思い込み、ネロにきつく当たります。ネロはずっとパトラッシュのそばにいたのでパトラッシュが犯人ではない事を知っていましたが、ハンスは信じようとはしません。ネロは「やりもしない事をやったなんってひどいよ」と言うとパトラッシュを抱きしめるのでした。
 ハンスはコゼツ旦那とエリーナにパトラッシュがチューリップ畑を踏み荒らした事を告げました。それを聞いていたアロアは家を飛び出すと、一目散にネロとパトラッシュのもとに駆けつけ、パトラッシュが犯人ではない事を確認します。ジョルジュが足跡を調べると、それはパトラッシュよりももっと小さな犬の足跡だったので、ジョルジュはアンドレが犯人だと考え、川岸に隠れていたアンドレを追及して白状させました。ジョルジュはアンドレを捕まえるとネロに謝らせようと連れて行く途中、ハンスに出合ったのです。アンドレはお父さんの前では自分が犯人ではないと言い張り、ハンスもパトラッシュが犯人だと思い込んでいましたが、アンドレはダックスが犯人だと口を滑らせてしまった為、ハンスは息子の為に恥をかかされてしまうのでした。
 ネロやアロア、そしてジョルジュが荒らされたチューリップに添え木を当てて手当てしたおかげでチューリップ畑は元のように戻り、エリーナも一安心でした。ネロが家に戻るとおじいさんが庭で栽培している薬草を摘んでいました。おじいさんはパトラッシュの餌を食べさせる為にお金が必要となり、薬草を売ろうとしていたのです。それに気付いたネロは複雑な思いでパトラッシュと顔を見合わせました。おじいさんの「2人と1匹で助け合えば何とかなる」との言葉に、ネロは「僕もうんと働くよ」と答えます。その夜、雨は一晩中降り続き、やがて激しい嵐となりました。でもネロとおじいさんの優しい心に包まれたパトラッシュは幸せを噛み締めながらぐっすりと眠ったのです。
第12話 おじいさんの小さな壺
 翌日アントワープまでおじいさんが荷車を引き、ネロが後ろから押していたの時、それを見ていたパトラッシュは労働犬としての自分を思い出し、荷車を引こうとして言う事を聞きません。仕方なくおじいさんは「そんなに引きたがっているんだ。引いてもらおうか。お前の思い通りに引いてもらうからな」と言うと、引き布を作ってやり、パトラッシュに荷車を引かせる事にしました。こうしてパトラッシュが荷車を引き、おじいさんとネロが後ろから荷車を押してアントワープまでの運河に沿った並木通りの長い道のりを、毎朝歩く事になるのでした。
 その日、アントワープでパトラッシュは金物屋に見つかってしまいました。金物屋は一度捨てたにもかかわらずパトラッシュの所有権を主張します。ネロは「水も飲ませないでこき使う、そんな人にはパトラッシュは渡せないんだ」と言い、ジョルジュはその隙に金物屋の屋台を持ち逃げしたのです。金物屋は屋台を追いかけたので、ネロとパトラッシュはすぐにおじいさんを呼びに行きました。おじいさんと戻って来るとジョルジュは金物屋に捕まってしまい、パトラッシュを連れて来ないと返さないと言ってポールを使いによこしたのです。
 おじいさんはジョルジュを返してもらおうと金物屋の待つ飲み屋に交渉に行きました。おじいさんは何とかパトラッシュをネロに譲ってもらえないかと交渉しますが、がめつい金物屋は2フラン払わないとパトラッシュを渡せないと言い張ります。しかし、おじいさんの月収は2フランしかありません。しかもその中からハンスに払う家賃1フランや生活費の為、お金はほとんど残る事はありませんでした。それでもおじいさんはネロとパトラッシュの為に毎月少しずつ分割して払うと言うと、金物屋は一括で払わないのなら3フランだと言い張り、おじいさんは3フラン払う事を条件にパトラッシュを譲り受けるのでした。おじいさんはネロのもとに戻るとパトラッシュはネロのものになったと言います。それを聞いたネロは、これで安心してパトラッシュと一緒にアントワープに来られると大喜びでした。
 しかし幼いネロはパトラッシュを3フランもの大金で譲り受けたとは夢にも思いませんでした。牛乳の運び賃は毎日食べるだけでもやっとの額でした。その中からおじいさんは毎日少しずつお金を貯めていました。それは毎月ハンスに払う家賃だったのです。そして今日からは金物屋との約束を果たす為に、小さな壷にもお金を貯め始めました。おじいさんはネロとパトラッシュの為にはどんなに辛くても続けていこうと心に決めたのです。もちろんネロはおじいさんのそんな苦しみを知りません。何も知らないネロの胸はパトラッシュが自分のものになったという幸せで膨らんでいました。
第13話 ナポレオン時代の風車
 ある夜、激しい嵐でした。金物屋の主人にいじめられていた頃のパトラッシュは吹き荒れる風や雨の音にも脅えていたに違いありません。でも今のパトラッシュには優しいネロとおじいさんがいます。例え雨もりのする家でも安らかに眠れる平和がありました。朝になって嵐はやみましたが、ネロやおじいさんは風で壊れた柵の修理で大忙しです。村に1つだけあった粉をひく為の大きな風車も風で羽根が壊れ、止まったままでした。
 ハンスは風車を修理する為、ノエルじいさんを呼びました。ノエルじいさんは風車の修理の腕が素晴らしいと評判だったのです。ノエルじいさんはロバ公を連れて笛を吹きながら村にやって来ました。村の子供たちは珍しい人が来たので、みんなで後ろをついて歩きます。ノエルじいさんは風車を点検すると、中の歯車が傷んでおり固い木が必要だからミッシェルおじさんのところに行って固い木をもらって来いとハンスに命令します。ハンスはノエルじいさんから命令される事が気に食わなかったのですが、命令に従わないと風車が直りそうになかったので、渋々ミッシェルおじさんのところまで固い木をもらいに行くのでした。
 ネロは風車を点検するノエルじいさんを一部始終見ていました。風車をどうやって修理するのかネロは知りたかったのです。しかしノエルじいさんは今日の仕事は終わりだと言って酒を飲み始めるのでした。ネロはノエルじいさんに村の人にはない何かを感じていたのです。翌日もネロは風車小屋に行きました。ノエルじいさんはハンスが持って来た固い木を削ると歯車を作り始めたのです。ネロはその様子をずっと見守り続けるのでした。
 ようやく修理も完了し、ノエルじいさんは風車を回してみました。すると知らぬ間にアンドレが風車の羽根で遊んでおり、風車を回した為アンドレは羽根に釣り上げられてしまったのです。アンドレの悲鳴を聞きネロは即座に風車を止め、ノエルじいさんと協力してアンドレを助けました。そこへコゼツ旦那とハンスが駆けつけ、ハンスはアンドレを怒り、家に帰ろうとしました。するとコゼツ旦那は「ハンス君、ネロに一言礼を言ったほうが良くないか。相手は子供でもアンドレはネロに助けてもらったのだ。物事の筋だけは通しておいた方がいい」と言うのです。ハンスは渋々「ネロ、ありがとう」と心のこもらぬ言葉を残し帰っていくのでした。
 風車は無事に直りました。ノエルじいさんはネロに感心し、ネロの事をたいそう気に入りました。そこへジェハンじいさんがアントワープから帰って来ました。ノエルじいさんはジェハンじいさんを呼び止めると酒を薦めながら「あんたがうらやましいよ。いい孫だ。あの子の眼はただの眼ではない。あの済んだ瞳の中で何かが燃えとるようじゃ。先が楽しみじゃの。まったくあんたがうらやましいよ」と言うのです。ノエルじいさんがネロの瞳の奥に燃えている不思議な炎を見たように、ネロもまた気まぐれなおじいさんに不思議な親しみを感じていました。それが何故なのかもちろんネロにはわかりません。ただその日から丘の上の風車がネロの目にはいっそう輝きを増して見えるのでした。
第14話 夜空に描いた絵
 パトラッシュは毎日のように荷車を引きたがるので、おじいさんはありあわせの皮でパトラッシュの為に引き具を作りました。それを使ってパトラッシュは荷車を引いて村の牛乳を集めると、村人達は口々にパトラッシュはいい犬だと言ったり、おじいさんに楽をさせて長生きしてもらわなければと言います。おじいさんはもう若くありません。しかし自分が死んだ時のことを考えると、ネロが一人前になるまでは絶対に死ぬわけにはいかないと考えるのでした。おじいさんはネロを自分のように人の情けや親切に頼って生きるのではなく、誰にも迷惑をかけずにちゃんと自分の土地を持った立派な農夫か木こりにしたいと考えていました。ネロも大きくなった時、今のように村の人の情けや親切に頼って生きていくわけにはいきません。おじいさんの言うように立派な農夫か立派な木こりにならなければと思うのでした。
 ネロはアントワープへ行った時、ジョルジュとポールに壊れかかった塔の上のコウノトリの巣に案内されます。それはネロにとって素敵な光景でした。ネロは羽ばたくコウノトリの姿の絵を床に描き、ジョルジュとポールはすっかりと感心してしまいます。ネロは絵を描きたくて仕方がなかったのです。その後ネロは教会のマリア様の絵を見に行きました。ネロはたまらない憧れと心の底からわき上がって来る炎のような情熱を体の中に感じていました。
 ネロはおじいさんが言ったように立派な農夫か立派な木こりになろうと考えていました。ところが不思議な事にそう思えば思うほどまったく別な思いが込み上げて来るのでした。ネロは夜空に浮かぶ星を見上げながら、美しいものに心を引かれ、その美しいさを絵にしてみたい。ネロは心に思う絵を大空のキャンバスに描き続けるのでした。
第15話 古い帳簿
 ネロは暇さえあれば絵を描きました。紙を買えないネロは板に炭で絵を描くしかありません。しかし木の板に炭で絵を描くと、失敗しても消す事はできませんでした。今日もネロは朝から風車の絵を描いているとアロアが遊びにやって来ます。ネロが板に絵を描くのを見ていたアロアは、家からいらなくなった紙を持って来ると言って家に戻りました。家にはお母さんだけがおり、お母さんは仕事が終わったらいらなくなった帳簿を持ってきてあげると言ってくれましたが、アロアは待ち切れなくて勝手に帳簿を持ちだしネロにあげてしまったのです。そうとは知らないネロは紙の匂いがすると言って大喜びで帳簿の裏に絵を描くのでした。
 ところがハンスが未払いの地代のリストを取りに来た時、コゼツ旦那は帳簿がなくなっている事に気付きました。その帳簿はコゼツにとって大切な帳簿だったのです。すぐにアロアはネロの家に行って帳簿を返してもらいましたが、重要な部分が破かれておりネロが絵を描く為に破ったのだと疑われてしまいます。エリーナは事情を確認する為、ネロに会うと、絵を描く為に帳簿を破かなかったかを聞きますが、ネロは破かなかったと否定します。ネロは心配になって絵を描いていた丘の周りを紙が落ちていないか探してまわるのでした。
 エリーナはネロが嘘をつく子供ではない事を知っていました。でも家中探して帳簿の破かれたページは出てこず、コゼツ旦那とハンスはネロが破ったと言うばかりでした。しかしエリーナは帳簿の破かれたページをみつけ、コゼツ旦那は実際には自分自身が破って保管していたことに気付きます。エリーナはアロアにネロが破ったのではなかったと言いますが、アロアはネロが疑われてしまった事が悲しくて元気をなくしてしまいます。それはネロにとっても同じでした。
 アロアの機嫌が直らないのでお父さんはいらなくなった帳簿をアロアに渡しネロにあげていいと承諾してくれたのです。アロアは大喜びでお父さんから帳簿をもらい、それを持ってネロの所に駆けつけました。探していた帳簿が見つかった事と、アロアが持って来た帳簿をコゼツ旦那がネロにあげていいと言ってくれた事を聞いたネロは大喜びするのでした。
 アロアはネロが描いた絵を欲しいと言います。ネロはもっとうまくなってからあげると言いますが、アロアはネロが帳簿の裏に描いたパトラッシュの絵を破ると、これでいいのと言って抱きしめるのです。そんなアロアを見ていたネロは絵がうまくなったらきっとアロアの絵を描こうと思うのでした。
第16話 10サンチームの写生帳
 コゼツ旦那から貰った分厚い帳簿。ネロはその日からただ夢中で紙に絵を描き続けました。ネロはおじいさんと一緒にアントワープに牛乳缶を運ぶ時にも古い帳簿を持っていき、気に入った風景があると絵を描くのでした。しかし分厚い帳簿もあっという間に絵を描きつくしてしまい、また紙がなくなってしまいます。
 おじいさんとネロがいつものようにアントワープに行った時、ミッシェルおじさんに出合いました。ミッシェルおじさんは今年は忙しくて猫の手も借りたいくらいだと言って帰っていきました。その後ネロはアントワープの店で画用紙が売られているのを見かけました。しかし10サンチーム(1フラン=100サンチーム)ものお金はネロには払えません。ネロはどうしても画用紙が欲しくなり、画用紙の事が頭から離れませんでした。
 そんな時、ハンスが荷物をアントワープから持ってきてくれたら5サンチームあげると言ってくれたのです。ネロは喜んでパトラッシュに荷車を引かせてアントワープに行きました。ところが荷物は思いのほか重く、パトラッシュの力では引く事ができず、ネロはパトラッシュと力を合わせて荷車を押し、夜になってようやく村まで運んで来ました。ネロは5サンチームがもらえると思っていましたが、ハンスから今度の家賃から5サンチーム引いておくと言われ、ネロはがっかりしながら家に戻るのでした。
 ネロはどうしてもお金が欲しくて、明日からミッシェルおじさんの手伝いをする事にしました。事情を知ったミッシェルおじさんはネロを1日1サンチームで10日間、雇ってくれる事になりました。ネロの仕事は薪を山小屋から荷車の詰み出し口まで運ぶ事です。ネロは薪がこんなに重いものだとは知りませんでした。その重さにネロは何度かくじけてしまいそうになりました。けれどもあの白い紙に絵を描くんだという思いがネロを支えてくれたのです。薪運びの仕事は辛く、ネロはお金を稼ぐ事の大変さを身をもって知る事になりました。
 ミッシェルおじさんは積み上げられた薪を詰み出し口まで運ぶのは大人でも10日かかると思っていましたが、ネロはそれを9日で終わらせてしまったのです。期待以上の働きをしたネロにミッシェルおじさんは感心し、9日目にネロに10サンチームを渡すと、ご馳走を用意してネロに食べさせるのでした。
 その日、ネロは夕方からミッシェルおじさんにもらった10サンチームを握り締めるとアントワープの町へ向かって駆け出しました。ネロは画用紙が欲しくてたまらず、明日まで待つ事ができなかったのです。アントワープに着いた時には夜になっており、店は既に閉まっていましたが、ネロは店に入ると真新しい画用紙と鉛筆を買い求めたのです。心の求める物を求めて精一杯に生きるネロに今、最高の幸せが満ち満ちていました。
第17話 丘の上の木の下で
 その夜、ネロは生まれて初めて手にした真っ白い画用紙を想い、ネロは嬉しくてなかなか寝つけませんでした。翌朝、ネロはさっそく真っ白い画用紙を片手に、おじいさんに付き添ってアントワープに行きます。ネロはアントワープの壊れかかった塔の上に登って絵を描こうとしました。はずむ心でネロは画用紙に向かいましたが、いざとなると何を描いたらいいのかわからなくなるのです。初めて握る鉛筆と真っ白な画用紙がネロを緊張させていました。何となく白い画用紙を鉛筆で汚すようで恐かったのです。結局その日は何も描かないまま村に戻ってきてしまうのでした。
 ネロはアロアに何を描いてよいかわからないと相談すると、アロアは迷わず一番最初に描くのはパトラッシュに決まっていると言うのです。それを聞いたネロはふっきれたかのように画用紙に向かってパトラッシュの絵を描き始めました。上手に描かなくてはと思ってどうしても描けなかったネロが今、いつもの自分を取り戻してごく自然に自分の思い通りに鉛筆が動くのでした。
 パトラッシュの絵はその日のうちに完成しませんでしたが、アロアは明日のお昼の鐘が鳴るまでに完成させてほしいと言います。アロアは自分もネロに見せたいものがあるから、その時にお互い見せ合いしようと言って別れました。アロアはネロがミッシェルおじさんの家で働いている間にレース編みを始めており、アロアはどうしてもレース編みを完成させてネロに見せたかったのです。その夜、ネロはパトラッシュの絵を、アロアはレース編みをそれぞれの家で夜遅くまで続けるのでした。
 翌日になってもパトラッシュの絵もアロアのレース編みは完成しませんでした。それでもお昼の鐘が鳴るまでには完成させようと、二人は一生懸命打ち込み、ようやく完成させる事ができました。ところが待ち合わせの時間になると雨が降りだしたのです。ネロもアロアも雨の中を、待ち合わせ場所である丘の上の木の下に行き、お互いの作品を見せ合いました。生まれて初めて物を作り出す喜びを知ったアロアは、絵を描きたいというネロの情熱が少しずつわかってくるようでした。そしてネロはいつの日かアロアの姿を描く為に早く上手になりたいと小さな胸を膨らませていたのです。
第18話 いたずらっ子のクロ
 ある日、隣のヌレットおばさんのところに嫁に行った娘から手紙が届きました。ヌレットおばさんに手紙が届くなどめったになかったのでヌレットおばさんはびっくりしてしまいます。ヌレットおばさんは手紙が来るとロクな事がないと言い、娘から手紙が来たと知ると娘が死んだのかと早とちりしてしまうのでした。ジェハンじいさんが代わりに手紙を読むと、手紙には娘が今日里帰りすると書かれていたのです。
 しばらくすると娘のミレーヌと主人のクロードがヌレットおばさんのところにやって来ました。ヌレットおばさんとミレーヌは数年ぶりの対面に大喜びでした。ミレーヌがやって来たのはヌレットおばさんに自分の家で暮らしてもらおうと呼びに来たのです。ヌレットおばさんは神経痛を病んでおり、一人暮らしは大変だから一緒に暮らそうとミレーヌは提案しますが、ヌレットおばさんはこの村を離れる気はありませんでした。
 ミレーヌがヌレットおばさんを説得している間に、クロが姿を消してしまいました。クロは森へ出かけたまま迷子になってしまったのです。クロがいなくなった事を知ったヌレットおばさんは、もうミレーヌの話しなどそっちのけでクロを探し始めますが、いくら探してもクロは見つかりませんでした。
 翌日になってもクロは戻って来ず、ネロはアントワープへの牛乳運びをおじいさんとパトラッシュに任せると、アロアと一緒にクロを探しまわります。荷車を引いていたパトラッシュもクロの事が心配で、おじいさんは途中からパトラッシュを放し、パトラッシュもクロの捜索に加わりました。そしてとうとうパトラッシュは岩場にはまって動けなくなっていたクロを発見したのです。パトラッシュはクロを助け出しますが、喜んだクロは昨日からの雨で増水した川に流されてしまい、パトラッシュも助けようとして川に飛び込み、無事にクロを助け出すのでした。この一件でパトラッシュとクロはたいそう仲良しになるのでした。
 クロが見つかった事を知ったおばあさんは大喜びでした。事の一部始終を見ていた娘夫婦は、自分達のもとよりここの生活の方がおばさんにとって幸せだという事に気付き、そのままヌレットおばさんをそっとしておく事にして帰っていきます。ネロは嬉しくてたまりませんでした。ヌレットおばさんがどこにも行かなくなったし、それにクロがパトラッシュと仲良しになれたからです。
第19話 金物屋が村に
 パトラッシュがネロの家の家族になってから、もう1ヶ月以上もたっていました。今日はおじいさんがパトラッシュを譲り受けた金物屋にお金を払う日だったのです。金物屋との約束を果たす為に、おじいさんはネロには内緒でわずかずつお金を貯めていました。でも約束のお金には少し足りません。足りない分は薬草を売ったお金で払うしかありませんでした。おじいさんはアントワープへ行くとネロとパトラッシュを先に帰してしまいます。おじいさんはこれから会う金物屋にネロとパトラッシュを会わせたくなかったのでした。
 おじいさんは薬草を売ってお金を用意し待ち合わせ場所の飲み屋に行きましたが、金物屋とは一足違いで行き違いになってしまいました。おじいさんは飲み屋で金物屋が帰って来るのを待たせてもらう事にしますが、その日はとうとう金物屋は帰って来ませんでした。
 おじいさんに金を払う気がないのだと思い込んだ金物屋は、牛乳の集配所でおじいさんの住んでいる場所を聞き出すと、村まで押しかけて来ました。そしてネロとアロアがヌレットおばさんのお使いで風車小屋に行っている間に金物屋はネロの家に入り、金物屋が来た事を知って家の中に隠れていたパトラッシュをむりやり連れ去ってしまうのでした。
 ヌレットおばさんからパトラッシュが連れて行かれた事を聞いたネロは慌ててパトラッシュを探しにアントワープへ走りだします。おじいさんは金物屋が戻って来ないので、金物屋に渡すお金を酒場の主人に預けて帰って行きました。ネロはアントワープへ行く途中おじいさんに会いました。ネロからパトラッシュが金物屋に連れて行かれたと聞いたおじいさんは悪い予感が当たってしまいました。ネロはパトラッシュがアントワープに連れて行かれたと思っていましたが、おじいさんは帰り道にパトラッシュはもちろんの事、金物屋にも出合いませんでした。それでもネロは「だってすぐ行ってやらないとパトラッシュがかわいそうだよ」と言ってパトラッシュを探しに行こうとしますが、おじいさんは明日金物屋に会って話をするとネロを説得し、夜遅くなっていた事もあってネロも家に戻るのでした。
 ネロはパトラッシュを想うと食事も喉を通りません。おじいさんの言う通り、明日になればきっと… そう心に言い聞かせてもネロには一晩でもパトラッシュのいない夜を過ごす事がたえられなかったのです。
第20話 どこまでも
 ネロは夜も眠る事ができずにパトラッシュの事を想い続けました。翌日ネロとおじいさんはアントワープの酒場に行きますが金物屋はあれから来ていませんでした。ネロはアントワープの町をパトラッシュを探して歩き続けます。事情を知ったジョルジュとポールも一緒にパトラッシュを探してくれますが、それでもパトラッシュは見つかりませんでした。
 がっかりして村へ帰る途中、いつもならパトラッシュが荷車を引くところをおじいさんが引いた為に、おじいさんは途中で目眩いをおこしてしまいます。おじいさんに代わってネロが荷車を引き、牛乳缶の掃除もすべてネロがしなければなりません。それでもネロはすべてを終わらせたのです。ネロはパトラッシュの事が気が気ではありません。しかしおじいさんの体の具合が悪い事もあり、探しに行くとは言いだせませんでした。するとおじいさんはネロを呼び止めると「一緒に行けなくて済まないな」と言ってネロにパンを差し出したのです。ネロはおじいさんが一人でパトラッシュを探しに行かせてくれた事を嬉しく思い「きっと連れて帰って来るよ」と言ってパンを大事そうに抱えて走り出すのでした。
 夜になってもネロは帰って来ませんでした。おじいさんはネロを一人で行かせるべきではなかったと後悔しましたが、今はただ無事でいてほしいと願うばかりでした。ネロはパトラッシュを探し続けて夜になってしまい野宿します。ところがふと目を覚ますとパトラッシュの鈴がすぐ側に落ちているのを見つけ、近くにパトラッシュがいる事を悟って再び走り始めました。ネロはただパトラッシュの姿を追い求めて行くのでした。
 次の日の朝になってもネロはなかなかパトラッシュを見つけることはできませんでした。ネロは歩き続けて足が棒のようになってしまいますが、それでもパトラッシュの事を思う気持ちがネロを前に歩かせていました。しかしとうとう靴が2つに割れてしまい、ネロは裸足で歩く事になってしまいます。ネロは歩き疲れ、パトラッシュを見つける事のできない悲しさから泣き出しそうになりますが、パトラッシュの付けていた鈴を握り締めると再び立ち上がって歩き続けるのでした。
 その頃パトラッシュは鞭で打たれてすっかり怯えていましたが、しだいにネロの匂いが強くなって来るのを感じていました。そしてネロの落とした靴を見つけた瞬間、急に元気になり、金物屋のもつ紐から逃げようとしました。金物屋はパトラッシュを押さえようとパトラッシュを何回もムチで叩きましたが、パトラッシュは怯まずに紐を引っ張り続け、とうとう紐を引きちぎって金物屋のもとから逃げ出したのです。パトラッシュはネロの靴を咥えたまま走り続けました。そしてネロの目にもパトラッシュの姿が映ったのです。ネロとパトラッシュは抱き合って再会を喜びました。寂しく悲しい一夜を過ごした後のネロとパトラッシュにとってこれ以上の喜びはありませんでした。
第21話 船で来たお客さま
 ネロのもとに戻って来たパトラッシュ。そしておじいさんの病気もたいしたことなく、ネロにとっては楽しい日が続きました。そんなある日、エリーナがネロにアントワープでケーキの木型を買って来てほしいとお願いします。ネロはアントワープに行くとケーキの木型を持って帰って来ました。エリーナはその木型を使ってケーキを焼き、ネロとアロアはその様子を楽しそうに見ています。ネロはケーキをもらって家に戻りました。アロアも一緒に行きたかったのですが、お客さんが来ると言うのでアロアは家に残っていなければなりませんでした。
 その日、コゼツ旦那の妹ソフィアとその娘アニーがイギリスからやって来てコゼツの家を訪れました。アニーが立派に挨拶するのを見て、コゼツ旦那は感心しました。ところがアロアは満足に挨拶もできず、コゼツ旦那は恥ずかしくてアロアをよそにも出せないと考えてしまいます。コゼツ旦那は礼儀作法の身に付いていないアロアをイギリスの学校にやり、そこで教育を受けさせようと決心するのでした。
 ネロはアンドレからアロアがイギリスに行ってしまう事を聞かされました。ネロにとってそれはとてもショックな事で、ネロは落ち込んでしまいます。翌日になってもネロは元気のないまま、大好きな絵を描く気にもなず、ずっとアロアの事を考えます。そこへアロアがアニーを連れてやって来ました。アニーはネロの絵を見て遠近法ができていないとケチをつけます。ネロもアロアも遠近法が何か知らなかったのですが、アニーはもうすぐアロアはイギリスで遠近法を教えてもらえると言われ、そこでアロアは初めて自分がイギリスへ行く事を聞かされるのでした。
 アロアはイギリスに行く事は絶対に嫌だと言い張りお父さんを困らせます。エリーナは「アロアの将来の為にちゃんとした教育を受けさせる為に」と言ってアロアを説得しますが、アロアは「ママ、私今のままでそんなにいけない子なの? 今のままでそんなに恥ずかしい子なの? そう思っているからパパもママも、私がいなくなっても寂しくないんだわ」と言って泣き続けるのでした。
 ネロもアロアと別れるのは嫌でしたが、ネロにはアロアにイギリスに行くなとは言えません。アロアがイギリスに旅立って行く日、ネロはおじいさんに付き添ってアントワープへ行く時、自分の描いたパトラッシュの絵をアロアの家の前に置いて来ました。ネロはアロアの為にアロアの大好きなパトラッシュの絵を贈りたかったのです。ネロはアントワープに行った時、遠いイギリスに行ってしまうアロアを想って港をいつまでも見つめていました。村へ帰って来ると、これからハンスがアロアを港まで送るから一緒に見送りに来ないかとアンドレから言われます。しかしネロはアロアを見送る気にはなれませんでした。おじいさんに「ネロ、本当にアロアを送らなくていいのか」と言われ、ネロはアロアの家に向かって走り始めたのです。しかしネロがアロアの家に着いた時には馬車は走り始めており、ネロは遠くなっていく馬車を見送る事しかできませんでした。
 ネロはパトラッシュに「いつまで待っても、もうずっとアロアは来ないんだ、ねぇパトラッシュ」と話しかけました。すると後ろからネロは目隠しされたのです。それはアロアがいつもよくする事でした。そうです。アロアはイギリスには行かなかったのです。アロアが猛反対したのでとりあえず今回のところはイギリス行きは中止になったのです。しかしコゼツ旦那のアロアをイギリスに行かせるという決心は変わりませんでした。村で何か問題が起きるたびにハンスが「ネロの仕業に違いない」と言ってまわっていた為、コゼツ旦那はネロがアロアと仲良くするのを快く思っておらず、ネロとアロアを引き離す為にアロアをイギリスに行かせようと思っていたのです。もうしばらく会う事もできないと思っていたアロアに会って、ネロは夢のような思いでした。しかしほっとした心の底に新たな不安がわいていました。それはいつかはアロアと別れる日が来ると…
第22話 イギリスからの贈り物
 ネロはアロアがイギリスに行こうとしていたのはイギリスの学校で勉強する為だとおじいさんから教えてもらいます。ネロは学校で字を教えてもらったり絵の描き方を習ったりすると聞いて、とてもうらやましく思いました。しかしおじいさんは複雑な心境でした。なぜならネロの家は貧しく、学校に行かせてやる余裕などまったくなかったからです。
 イギリスに戻ったソフィアから贈り物が届きました。コゼツ旦那には高価な花瓶、そしてアロアにはきれいなガラス玉が入っていました。ガラス玉は2つ入っていたので、アロアは1つをネロにあげようとします。ところがネロはアロアがイギリスに行く時にもらうと言うのです。アロアはイギリスへは絶対行かないと言いますが、ネロはアロアにイギリスに行って勉強した方がいいよと言ってしまった為、アロアを怒らせてしまいました。アロアはお父さんやお母さんが自分がいなくなった方がいいからイギリスの学校に行かせようとしているのだと思い込んでおり、ネロにまでイギリスに行った方がいいと言われたので怒ったのです。アロアは「どうして一人くらい行っちゃ嫌だって言ってくれないの。どうせあたしなんかイギリスでもどこでも遠いところで病気になって死んでしまえばいいんだわ」と言って泣きながら帰ってしまうのでした。
 エリーナはネロがアロアのイギリス行きを薦めてくれたのを知り、アロアとネロを早く仲直りさせようと思います。エリーナはアロアにいつもの丘の上の木の下でネロが待っていると言いますが、アロアはケンカしたからもうネロは来ないと思い込んでいます。しかしエリーナはアロアが作ったレース編みをネロに見せた時の事を思い出させ、ネロは必ず待っていると言うのです。アロアはその時の事を思い出すと、ガラス玉を手にして丘の上の木の下に走り始めました。するとそこにはネロが待っていて、アロアを暖かく迎えてくれたのです。アロアはガラス玉をネロに手渡すと、明後日は自分の誕生日だから必ず来てねと言うのでした。
 おじいさんは今、心を痛めていました。ネロより小さいアロアがそろそろイギリスへ勉強に行こうというのに、おじいさんにはネロに勉強させるだけの余裕がありません。おじいさんはネロの喜ぶ事をしてやりたいと考え、ネロの為に夜中にこっそりと画用紙を入れるケースを作ってやるのでした。
第23話 アロアの誕生日
 ネロはアロアの誕生日に招待されました。しかしネロにはプレゼントを買うお金がないので、自分の描いた絵をプレゼントしようと考えますが、パトラッシュの絵は既にプレゼントしてしまったので、去年と同じアロアの一番好きな花を贈る事にしました。それを知ったおじいさんは朝アントワープへ行く時、ネロにアントワープへは行かずにアロアのプレゼントを準備するよう言いますが、ちょうどその日、村の人から牛乳缶をいつもより2缶多く運ぶのを頼まれた為、おじいさんだけでは辛そうだったので、ネロも一緒にアントワープまで行く事になりました。
 アントワープに行くと牛乳缶を多く運んだ事で思わぬお金が入った為、おじいさんはネロにお金を渡し、それでアロアにプレゼントを買いなさいと言います。ネロはアロアへのプレゼントはアロアの大好きな森の花にするつもりでしたが、アントワープまで来てしまった為、今から森に行っていたら遅くなってしまうとおじいさんに言われ、ネロはアロアへのプレゼントを探して手にお金を握り締め、アントワープの町を歩きます。しかしおじいさんからもらったわずかなお金では気に入ったプレゼントを買う事ができず、やっぱりネロは森の花をアロアにプレゼントする事にして、村へ大急ぎで戻るのでした。
 ネロはパトラッシュを連れてアロアへのプレゼントを探して森に入って行きました。しかしアロアの好きな花はなかなか見つかりません。ようやくネロは花を見つけましたが、崖下に咲いており、とてもネロには摘めそうもありません。するとパトラッシュは崖を降りて行き、花を咥えて戻って来たのです。ネロは一目散に村へ戻るのでした。
 アロアは家でずっとネロの到着を待ちます。アロアはネロが一番最初に来ると考えていました。しかしネロはなかなか来ず、続々と村の子供たちがやって来てパーティーは始まろうとしているのに、まだネロは来ないのでアロアは心配になってきました。パーティーはとっくに始まってしまった頃、ネロがやって来たのです。ネロは遅くなった事を謝り、アロアに森の花を渡しました。村の子供たちは自分達が持って来たプレゼントに比べてネロが持って来た花がとても貧相に見えましたが、アロアは大喜びで森の花を受け取るのでした。
 食事が済むとネロとアロアは村の子供たちと一緒に家の中でかくれんぼを始めます。テーブルの下に隠れたネロとアロアでしたが、部屋に入り込んだ犬のダックスを捕まえようとアンドレも入って来た為、テーブルの下で騒ぎになりテーブルの上に乗っていた花瓶が落ちて割れてしまったのです。その花瓶はコゼツ旦那が一番大切にしていた、先日ソフィアがイギリスから送ってきた高価な花瓶だったので、それを見たコゼツ旦那は激怒してしまいます。アンドレはテーブルの下から出て来るなり「僕じゃないよ、ネロが立ち上がろうとしたんだ」と言い訳を始めますが、ネロは言い返そうとはせず、コゼツ旦那に謝るだけでした。
 ネロが割ったというわけではないのですが、コゼツ旦那はネロが気に入らなかった事もあり、ネロはすっかり花瓶を割った犯人にされてしまい、ネロはまたもコゼツ旦那の気分を損ねてしまいます。その後、アロアとネロはいつもの丘の上の木の下に行くと、アロアはネロにもう1つ誕生日のプレゼントを要求しました。それはネロに自分の絵を描いてくれというお願いだったのです。ネロはアロアとの新しい約束に胸がはずんでなかなか寝つかれませんでした。
第24話 アロアの絵
 秋風が音を立てて村を吹き抜けて行く頃になると、村人達は慌ただしく草刈り仕事に出始めます。フランダースの秋はとても短く、やがて来る厳しい冬に備えて牛にやる牧草を刈り取っておかねばならないからです。
 アロアの絵を描く日、それは村人総出で牧草刈りの日でした。アロアは絵を描いてもらう為にネロと約束しており、お父さんにネロと今日一日、一緒にいていいか尋ねますが、コゼツ旦那は今日は村の人みんな忙しいからと言って許可してくれませんでした。アロアはお父さんがすっかりネロを嫌っているようで、とても悲しくなってしまいます。
 そんな事を知らないネロは、おじいさんの了解を得て牛乳運びは手伝わず、アロアの絵を描こうとしました。するとそこへハンスがやって来て、おじいさんに牧草刈りを手伝うように要求したのです。ですがおじいさんには牛乳運びの仕事があったのでどうする事もできません。それを聞いていたネロは画用紙を家に戻すと自分が代わりに手伝いに行くと言って駆け出して行くのでした。
 牧草刈りは思いのほか辛い仕事でしたが、ネロはおじいさんと神経痛のヌレットおばさんの分まで一生懸命働きました。するとそこへアロアが家を抜け出してやって来たのです。アロアは自分も牧草刈りをすると言って聞かず、ネロは刈った牧草をまとめる仕事を手伝ってもらう事にしました。アロアばかりではありません。ジョルジュ、ポールまでやって来たのです。ジョルジュは「友達が困っている時に助けるのが本当の男の友情だ、俺も手伝うぞ」と言うと、みんなでネロの牧草刈りの仕事を手伝ってくれたのです。みんなが協力してくれたおかげで牧草刈りは午前中で終わらせ、あとは牧草の積み込みだけとなりました。
 そしてアントワープからおじいさんが帰って来ました。おじいさんは自分の代わりにネロやアロア、ジョルジュたちが手伝ってくれた事をとても感謝し、牧草の積み込みは自分がやっておくからと言って、ネロたちを遊びに行かせます。ネロはいつもの丘の上の木の下に行くと、約束通りアロアの絵を描き始めました。ネロにとってもアロアにとっても、それは幸せなひとときでした。
 コゼツ旦那が牧草刈りの様子を見にやって来ました。するとおじいさん一人が牧草の積み込みをしていたのです。そればかりかハンスはネロがアロアに草刈の手伝いまでさせたと言った為、コゼツ旦那は怒って絵を描いているネロのところに行きました。コゼツ旦那はアロアを家に帰すと、ネロに向かって「ネロ、お前にはわしが今どれだけ怒っているかわからんだろうな。まったくお前というやつはアロアにまで草刈りなんぞの手伝いをさせておいて。じいさんだけに働かせておいて、自分勝手にくだらん絵なぞ。みんなが忙しく働いている時に絵なんぞを描いているのは怠け者のする事だ、人間はもっと汗水滴らして働かにゃ先行きロクなもんにならんぞ。まあ今日のところは許してやる。ただし一つだけ言っておく。アロアは間もなく遠くに勉強にやる。出発するまで二度とアロア近づくんじゃないぞ」と言って怒るのです。そしてネロの描いたアロアの絵を取り上げるとネロに「代金だ、取っておけ」と言って1フラン渡そうとしました。しかしネロは「お金は頂けません。その絵は初めからアロアにあげるつもりで描いたのです。どうぞお持ち帰り下さい」と言って受け取りません。ネロの行為に、さらに気を悪くしたコゼツ旦那は「お前には人の親切もわからんのか。金もないくせに強情なやつだ」と言ってアロアの絵を持って帰って行きました。ネロにはアロアの絵をお金に代えるなど、できない事だったのです。
 家に帰ったアロアはお父さんからイギリス行きの話を聞かされます。アロアはイギリス行きの話がなくなったと思っていただけに、それはショックなものでした。そしてネロからもらった自分の絵を抱きしめると、いつまでも外を見つめ続けるのでした。ネロにとって今日はあまりにも悲しい一日でした。あれだけ一生懸命働いても、あれだけ一心にアロアの絵を描いても、コゼツ旦那はなぜかネロに冷たくあたるのでした。そしてアロアに二度と逢うなというコゼツ旦那の言葉がネロの胸に重くのしかかってくるのでした。
第25話 アロアがいない
 ネロにはわかりませんでした。なぜアロアの絵を描いてはいけないのでしょう? どうしてコゼツ旦那はネロにあんなに怒ったのでしょう? アロアの絵を取り上げられたあの日からネロとアロアには逢えない辛い日が続いたのです。そしてそんな時、また1つ事件が起こったのです。それはアロアがいなくなってしまったのです。ハンスはネロがアロアを隠したのだと考え、ネロを捕まえると襟首を捕まえて殴りかかろうとしましたが、ちょうどそこへエリーナが通りかかってハンスを止めたおかげで、ネロは事なきを得ました。エリーナもネロに尋ねますが、ネロには思い当たる節はありませんでした。
 ネロはアロアを一生懸命探しました。しかしコゼツ旦那はアロアが行く先も告げずに家を出て行く子供ではなかったのにと言うと、ハンスはネロと付き合うようになったからだと、すべてをネロのせいにしてしまい、ますますコゼツ旦那のネロへの心証が悪くなってしまうのでした。
 夜になってもアロアは帰って来ません。そればかりかネロまでアロアを探しに出かけたまま戻って来ないのです。ネロはアロアを探して村中を走り回り、とうとうパトラッシュが風車小屋の中にアロアの匂いを嗅ぎつけました。ネロが風車小屋に入って行くと中にはアロアがいました。アロアはネロに逢わない練習していたのです。アロアはほんの数日、ネロやパトラッシュに逢わなかっただけでこんなに寂しくなるのに、イギリスに行ったらネロだけでなくお父さんやお母さんにもずっと逢えなくなってしまうと言うのです。それを陰から聞いていたエリーナはアロアをとてもかわいそうに思うのでした。
 ネロとアロアが風車小屋から出て来ると、外にはコゼツ旦那とハンスが待っていました。ハンスはやっぱりネロがアロアを隠していたのだと言い張りますが、事情を知っていたエリーナから否定されてしまいます。エリーナはコゼツ旦那に「あなた、せっかくアロアを探してくれたんだし、お礼の一言くらい…」と言いますが、コゼツ旦那はネロを憎んでいたので何も言わずにアロアを連れて帰ってしまいます。そしてエリーナはネロに「ごめんなさいね、ネロ。今日は本当にありがとう」と言って帰って行くのでした。
 家に帰ったネロはおじいさんからアロアがイギリスに行くとアロアの両親はネロ以上に寂しいはずだ、そして寂しいにもかかわらずアロアの勉強の為にアロアをイギリスへ行かせるのだと言われます。おじいさんももしお金に余裕があればネロを絵の勉強の為にパリへ行かせると言ってくれましたが、それは今のネロの家の経済状態ではとてもできない話しでした。
 コゼツ旦那はアロアにイギリスへ行って勉強して教養やマナーを身につけ、コゼツ家の娘として恥ずかしくない人になってもらいたいと言います。しかしアロアにはわざわざ遠いイギリスに行かなくともアントワープの学校に行けばいいと言って納得しません。コゼツ旦那にとってアロアをイギリスに行かせるのは、ネロとアロアを引き離す目的があったので、アントワープの学校では意味がなかったのです。しかしエリーナは本気でアロアの事を心配してくれるネロの事を気に入っていました。そこでエリーナはアロアに明日ネロに相談してみればいいと言ってくれたのです。アロアはネロに逢える事が嬉しくて大喜びでした。
 翌日アロアがネロに相談すると、ネロは「アロアがイギリスに行くのを一番辛く思っているのはお父さんとお母さんだ」と言うのです。それを聞いたアロアは無言でその場を立ち去り、家に戻るとお父さんにイギリスに行くと言いました。しかしアロアは自分で決めた事とはいえ、イギリスに行く事を考えると元気が出ませんでした。
 アントワープの町でジョルジュは元気のないアロアの姿を目撃しました。ジョルジュはネロに会った時にその話をすると、ネロはアロアがイギリスに行くと説明したのです。ジョルジュはアロアが大人の都合でイギリスに行かされる事を知ると「うちの父ちゃんはいつも言ってるんだ。子供の時は嫌な事は嫌ってはっきり言えって。大人になっちまったら例え嫌な事でも嫌と言えない事が山ほどあるんだってさ。俺達は本物の子供だぞ。はっきり行くなと言えよ」と言ってネロを説得します。その夜なかなか寝つけないネロは、アロアの元気のない姿がこの目で見たかのように思い浮かんで来るのでした。
 翌日、朝早くにアロアはネロに逢いに来ました。アロアはネロにイギリスへ行く決心をしたと言いに来たのです。アロアは昨日アントワープの大聖堂でマリア様の絵を見た時、絵の中のマリア様に抱きしめられているような暖かい気持ちになり、ネロがこんな素晴らしい絵を描けるようになるに違いないと思いました。その為には自分もネロに負けないようにもっと勉強しようと決心したのです。そしてアロアは字を覚えたら真っ先にネロに手紙を書くと約束しました。それでもアロアはネロと別れるのが辛く、パトラッシュを抱きしめると「パトラッシュの絵もイギリスに持っていくわ。だから、だからずっと一緒よ」といって泣き続けるのでした。
 これでいいんだとネロは思いました。でも短い秋と一緒にアロアもこの村からいなくなると思うと、ネロの胸の中を冷たい風が吹き抜けて行くのでした。
第26話 さようならアロア
 アロアのイギリスへ行く日が近づきました。アントワープでの仕事を終えたネロはおじいさんを待つあいだ港へ行ってみました。ネロはイギリスが海のずっと向こうにあるという事しか知らず、イギリスがどこにあるのか知りませんでした。その日、アロアは両親と一緒にアントワープの洋服屋へイギリスで着る服を買いに来ていたのです。アロアは洋服屋から抜け出すとネロにこっそり逢いに行きました。アロアはネロがイギリスがどこにあるのか知らないと聞くと、店に置いてあるヨーロッパの地図を見せたのです。その地図ではイギリスとアントワープは手ではさめるくらいの距離しかなく、イギリスとアントワープの距離が想像したより近い事を知り、アロアは元気を取り戻します。
 その後ネロがジョルジュやポールと一緒にアントワープの町を歩いていた時、アンドレに出合いました。アンドレはアロアを見送る時の為に新しい服をハンスに買ってもらって着ていたのですが、その服があまりにもぶかぶかだったので、ジョルジュとポールは笑い転げてしまいます。しかしそこへハンスがやって来たのでジョルジュとポールは逃げ出してしまいました。アンドレはハンスに「僕の服がおかしいって」と言った為、ハンスは「なんだって。ネロ、お前が言ったのか。村の厄介者のクセしおって、人の事を笑うなんって、けしからんやつだ」と言って去って行くのでした。
 アロアがこの村で過ごす最後の夜でした。あと何時間もしないうちにアロアはイギリスへ旅立たなければならないのです。アロアは荷物の準備が済むと、最後にネロからもらったパトラッシュの絵を入れました。さらにアロアは暖炉の上に飾ってあったネロが描いたアロアの絵も持っていこうとしますが、エリーナに止められてしまいます。アロアの絵まで持っていくと、お父さんやお母さんまで寂しくなってしまう。それを聞いたアロアは別れが辛くて泣き出してしまいます。その頃、暖炉の前でコゼツ旦那はネロの描いたアロアの絵をじっと見つめ、寂しさをこらえているのでした。
 翌日、おじいさんは牛乳運びの仕事を早くから始めました。ネロにアロアの見送りを遅れないように気を使ったのです。ネロは仕事を早々に切り上げるとアントワープの港に向かって歩き始めました。その頃、港には既にアロアとその両親が来ていました。コゼツ旦那はハンスにトランクを3つ港まで運ぶように頼んでいたのに、ハンスはうっかりして1つしか持って来ていません。するとハンスは「実はネロの車で運ぶように言い付けたのですが、あいつめしょうのないやつだ」とコゼツ旦那に嘘をつき、港に向かうネロを見つけると「アロアの家にトランクを忘れてぜひ取って来てほしいと奥様に頼まれたのだが、あいにく馬車が故障してな。パトラッシュと一緒に村までひとっ走りしてくれないか」と言うのです。ネロは今から村まで戻っていたら船の出港に間に合わなくなると言いますが、ハンスは十分間に合うと言うので、ネロは村まで戻る事にしました。そしてハンスは再びコゼツ旦那に会うと「ネロはアロアお嬢様のお荷物だからぜひ運ばせてと言うものですから預けたのですが、あいつトランクを村に忘れて来たと。まったく無責任な…」と再び嘘をつくのでした。
 ネロは村までの道のりを必死になって走りました。ところがハンスの会話を聞いていたジョルジュがおかしい事に気付き、ネロを引き止めに来てくれたのです。ネロは村まで行っていたら船の出港に間に合わないと知り、今度は再び港に向かって走り出すのでした。
 その頃アントワープの港ではアロアがネロの到着を今か今かと首を長くして待っていました。ところが船の出港が迫っているのにネロは姿を見せないのです。アロアは最後まで船に乗るのをためらい、ネロの来るのを待っていましたが、とうとうネロはやって来ませんでした。アロアを乗せた船は岸壁を離れていきます。アロアはネロが来なかった寂しさが込み上げて来ました。
 ネロが港に着いた時、既に船は出港して港を出ようとしていた時でした。ネロはどうしてもアロアに声をかけたかったので、ネロは船を追いかけて波止場を走り続け、ようやく防波堤の先端で船に追いついたのです。アロアはネロの姿を見つけると嬉しくて思わず泣き出してしまいました。ネロはアロアに「アロア、イギリスは近いんだよ。さようなら、アロア」と言うと、遠くなっていく船に向かっていつまでも手を振り続けるのでした。
第27話 アロアのいないクリスマス
 アロアがイギリスに旅立って1ヶ月。村には厳しい冬がやって来ました。朝が早い牛乳運びは、年老いたジェハンじいさん、パトラッシュ、ネロにとっていっそう辛い仕事になりましたが、ネロにはそれ以上に気にかかる事がありました。それはもうすぐクリスマスだというのにイギリスに行ったアロアから何の便りもないからです。
 ネロは字が書けません。ネロは字を覚えるのにどれくらいの時間がかかるのかわかりませんでしたが、元気でいますという言葉ならもう書けるようになったのではないかと思わずにはいられません。もうすぐアロアもイギリスの学校で字を覚えて、手紙をくれるに違いないと考える事にしました。それを聞いたおじいさんも、これから少しずつネロに字を教えてあげると言ってくれるのでした。
 クリスマスの2日前、ようやくアロアから両親宛に小包が届きました。中の手紙を読んだコゼツ旦那とエリーナは、やっと届いた愛娘からの手紙に嬉しくて涙してしまいます。小包が来た事を知っていたネロも、アロアからの手紙を見たかったのですが、コゼツ旦那から嫌われている事もあり、ネロは見る事ができませんでした。小包はネロへのクリスマスプレゼントでしたが、それを知ったコゼツ旦那は中に手紙が入っていないか確かめようとします。エリーナはネロ宛なのだからと止めますが、コゼツ旦那はせっかくアロアをネロから引き離したのに、アロアがネロに小包を送った事が気に入らず、自分の許可なく小包をネロに渡す事を禁じてしまうのでした。
 その夜ネロはなかなか眠れませんでした。便りもくれないアロアがぐんぐん自分から遠ざかり、別の世界へ行ってしまったような気がしたからです。翌日のクリスマスイブもネロは元気がありませんでした。そんなネロを見ていたヌレットおばさんは、おじいさんとネロにクリスマスパーティーを開こうと提案します。ヌレットおばさんも元気のないネロの姿を見るのが辛かったのです。ヌレットおばさんはミレーヌから送ってきたお金をすべてネロに渡すと、これでアントワープに行って自分とおじいさんにはミルク酒、ネロにはケーキ、そして肉やパンを買って来るようお願いしました。さらに友達も連れてきていいと言ってくれたのです。
 ネロはアントワープで買い物を済ませ、ジョルジュとポールに一緒に来ないかと声をかけました。しかしジョルジュとポールも親戚のおばさんからパーティーに呼ばれており、ネロのパーティーには行けません。その時ネロはジョルジュから気になる事を言われました。それはコゼツ旦那がアロアをイギリスの学校に行かせたのは、勉強の為ではなく、アロアとネロを引き離す為だと言うのです。それを聞いたネロは、アロアからの手紙が届かないのはその為だと悟り、よりいっそう深く傷付いてしまうのでした。
 その夜、ネロの家でネロとおじいさん、そしてヌレットおばさんの3人で盛大な、でもちょっと寂しいクリスマスパーティーが開かれました。そこへエリーナがやって来ました。エリーナはコゼツ旦那に黙ってアロアが送って来た小包を渡してくれたのです。小包には手紙と絵を描く為のチョークが入っていました。ネロは嬉しくて嬉しくて庭を駆け回り、大喜びで何度も何度も読み返します。アロアが行ってしまってからずっと沈んでいたネロの顔に、やっと笑顔が戻って来るのでした。
第28話 親切な貴婦人
 大雪の降ったある日、ネロとおじいさん、パトラッシュはいつものようにアントワープまで牛乳を運びに行きますが、雪の為、荷車は思うように前に進まず大変な重労働となってしまいます。子供たちにとっての楽しい雪も、ネロとおじいさんの牛乳運びの仕事には辛いものでしかありませんでした。次第に雪が深くなり、荷車は前に進まなくなってしまいます。ネロは必死で荷車の前の雪をかき、何とか再び進めるようになりました。しかし今度は荷車に車輪の留め具が外れ、車輪が外れそうになっています。ネロは近くで枯れ枝を見つけて来ると、それを車輪の留め具の代わりにして歩き始めるのでした。
 どうにかネロ達はアントワープの町に着いたところで、ハンスの馬車に轢かれそうになり、避けようとしてとうとう車輪が外れてしまいました。牛乳の集配所まではまだ距離があり、ネロとおじいさんは途方に暮れてしまいます。そこへ金持ちのおばさんの乗った馬車が通りかかり、親切なおばさんは牛乳缶を馬車で集配所まで届けてくれたのです。ネロは集配所でおばさんにお礼を言って別れるのでした。
 アロアからの手紙にイギリスの教会にもマリア様の絵があり、マリア様に向かって話をするとネロに届くような気がするので、ネロが自分に話したければアントワープの大聖堂のマリア様の絵に話しかければ、きっと自分に届くと書かれていました。そこでネロはアントワープの大聖堂のマリア様の絵に、アロアからのプレゼントのお礼を言いに行く事にしました。するとネロはアントワープの大聖堂で再びおばさんに出会ったのです。
 おばさんはネロと同じ年頃の子供を最近亡くしており、その悲しみを忘れる為に旅行に来ていたのです。そんな事もあり、おばさんはネロを大変お気に入りになったのです。おばさんは美術館に行きたいからネロに案内してほしいと言います。ネロはアントワープの美術がどこにあるのか知りませんでしたが、ちょうどそこに通りかかったジョルジュとポールが知っていた事から、ネロはおばさんに言われるまま一緒に馬車に乗り、おまけに美術館で絵まて観賞させてもらうのでした。
 ネロはおばさんと一緒に美術館で絵を鑑賞するうちに1つの絵を気に入りました。それは200年も前にアントワープが産み出したルーベンスの作品でした。ルーベンスの作品を見たネロはアントワープのマリア様の絵を描いたのもルーベンスだということを知り、さらにあの大聖堂には、あと2枚のルーベンスの絵がある事を知ります。
 おばさんと別れた後、ネロはすぐに大聖堂へ戻ろうとしますが、雪が深くなってきており、その日はあきらめざるをえませんでした。それでもネロはルーベンスの別の絵が見られると思うと、その喜びでネロは知らず知らずのうちにマリア様の絵を描くのでした。そしてその夜、マリア様がネロとアロアを引き合わせてくれたのです。ルーベンスの2枚の絵は、どんなに素晴らしい絵なのでしょうか? ネロの胸はその絵を見る楽しみでいっぱいでした。
第29話 ルーベンスの二枚の絵
 翌日、ネロ朝から上機嫌でした。それは見知らぬ夫人から大聖堂に大好きなマリア様の絵を描いたルーベンスの絵が他にもある事を聞いており、今日はその絵が見られるからです。ネロはおじいさんの牛乳運びを手伝ってアントワープまで行って仕事を終わらせると、ネロは大聖堂まで走りました。その素晴らしい絵をこれから見るのだという喜びで胸がいっぱいだったのです。ネロが大聖堂に入るとルーベンスの2枚の絵はマリア様の絵の両側にありましたが、2枚の絵にはカーテンがかけられており、教会の堂守からこの絵を観賞するには1フラン必要だと言われてしまいます。ネロはガックリと肩を落として家に帰りました。
 ネロはどうしてもルーベンスの2枚の絵を見てみたいと思いますが、1フランもの大金をネロは持っていません。おじいさんから絵を見る事ができたかと尋ねられ、ネロは見たと答えてしまいます。ネロにはとても本当の事は言えませんでした。話せばおじいさんを苦しめるだけだと思ったからです。
 ネロには絵を見るのにお金を払うというのが理解できませんでした。ルーベンスだってきっと一人でも多くの人に見てもらいたいと思って絵を描いたに違いないと考えていたのです。翌日それを知ったジョルジュは色々と思案し、誰か他の人が見る時に一緒に見る事を思いつきます。しかし教会の中で待ち伏せしても、誰も絵を見ようという人は現れませんでした。ネロは大聖堂を出ると雪の中、長い間待っていたパトラッシュを抱きしめると「ごめんよパトラッシュ、待たせて。お前も一緒にあの絵が見られたらなぁ〜 お前もあの絵が見られたらどんなに素晴らしいかわかるのに」と言うのでした。
 ネロはおじいさんに大聖堂のルーベンスの絵について尋ねました。おじいさんもたいそう素晴らしい絵があると話には聞いた事はあったのですが、見た事はないと言われガッカリしています。元気のないネロに心配したヌレットおばさんは、ミレーヌの使っていたスケート靴をネロにあげました。ネロはヌレットおばさんの親切が嬉しくなかったわけではありません。ただネロはあの絵を、どうしてもあのルーベンスの絵が見たい。ネロはその気持ちを抑える事ができなかったのです。
第30話 雪の中の約束
 ルーベンスの2枚の絵を見る事ができなかったネロは、今日も雪道の牛乳運びにその事を忘れようとしていました。でもネロはあのカーテンで隠された絵の事がどうしても忘れる事ができなかったのです。
 その日ネロとおじいさんはアントワープへ牛乳を運びに行った帰り、エリーナからハンスを見なかったかと尋ねられます。ハンスはアロアの荷物を馬車でアントワープの港まで運ぶ事になっていたのですが、なぜか姿を見せないのです。それを知ったネロはアロアの荷物を自分が運ぶと言い、再びパトラッシュと一緒にアントワープまでの雪道を歩き始めました。アロアのいるイギリスへ手紙を出すにはたくさんのお金がいるのです。便りのできないネロにはアロアの荷物を運ぶだけでも、とても嬉しかったのです。その頃ハンスはアントワープで遊びほうけており、それを見たコゼツ旦那に怒られてしまうのでした。
 ネロはアントワープで再びあの見知らぬおばさんに出合いました。おばさんはネロをホテルの自室に案内すると話をしました。おばさんはネロと同じくらいの子供を亡くし、それを忘れる為に旅に出ていると言うのです。しかしそのおばさんも明日にはイギリスに帰ってしまいます。おばさんの亡くなった子供は絵がとても好きでした。ネロも絵を描くと知ったおばさんは、ネロの絵を見たいと言い出します。しかしネロは今日はスケッチブックを持って来ていません。そこでおばさんは明日、アントワープの教会の前で待ち合わせしようと言います。そこにネロが絵を持ってきてくれたら大聖堂のルーベンスの絵を一緒に見ようと言われ、ネロは大喜びで家に帰るのでした。
 その夜、ネロはなかなか寝つかれませんでした。あきらめていたルーベンスの絵を明日、親切なおばさんと一緒に見られると思うととても眠ってなんかいられないほど嬉しかったのです。
 でも翌日の朝、突然おじいさんは胸が苦しくて倒れてしまいます。ネロはおじいさんが心配でしたが牛乳運びの仕事を休むわけにはいかず、おじいさんの看病をヌレットおばさんに任せてネロが雪の中をパトラッシュと二人でアントワープまで行く事になりました。アントワープへ向かう途中、ネロはハンスに出会います。ハンスは昨日アロアの荷物を運ぶ仕事をネロが奪ってしまった為にコゼツ旦那に怒られたと因縁をつけるのです。ネロにとってはエリーナから依頼された仕事を引き受けただけなのに、ハンスから謝るまではここを通さないと襟首をつかまれ、なぜこんな事になるのかよくわかりません。ネロがハンスから乱暴を受けそうになったのを見たパトラッシュはハンスに吠えかかり、逃げようとしたハンスは雪道を滑って川に落ちてしまったのです。ネロとパトラッシュはハンスを川から引き上げ、ハンスはそのまま馬車で帰って行きますが、ネロはハンスの為にアントワープへ行くのがすっかりと遅くなってしまいました。
 その頃アントワープでは教会の前でおばさんがネロに逢うのを楽しみにしてずっと待っていました。しかしいつまで待ってもネロは現れないのです。船の出港時間が迫っていたので、おばさんは残念そうに教会を立ち去ってしまうのでした。入れ代わるようにネロが走って教会の前に来ましたがおばさんの姿はどこにもありません。ネロはおばさんとの待ち合わせ時間に遅れてしまい、おばさんは既にイギリスに向かって船で旅立った後でした。アロアに続いてまたも見送りできず、楽しみにしていたルーベンスの絵も見られなかったネロ。がっかりして家に帰りましたが、そこでおじいさんとヌレットばあさんにパトラッシュと二人で牛乳運びを成し遂げた事をたいそう誉められました。ネロは今までルーベンスの絵が見たいばっかりに自分一人で牛乳を運んだ事を忘れていたのです。今おじいさんとヌレットおばさんの喜ぶ姿に、初めて仕事をやりとげる事の大事さを教えられました。そしてルーベンスの絵も、いつかきっと自分の力で見るのだと心に誓ったのです。
第31話 ネロの決意
 長い冬が終わって、待ちに待った春がやって来ました。辛かった雪道の牛乳運びも雪が溶けるとずっと楽になり、ネロはますます元気に働き始めたのです。ネロは自分の力で仕事をしたかったので、ネロはおじいさんにも手伝わせずに牛乳運びをするようになるのでした。
 ネロがパトラッシュと森に出かけた時、ミッシェルおじさんが森で倒れているのを見かけます。実は村の風車が壊れた為、コゼツの旦那がノエルじいさんに修理を依頼したところ、ノエルじいさんはミッシェルおじさんの切った木でなければ風車の修理はしないと言い張った為、ミッシェルは頑張って大きな樫の木を切り倒そうとして足をくじいたのでした。ネロはミッシェルおじさんを山小屋まで運び、おじいさんの了解を得て、しばらくミッシェルおじさんを看病する事にしました。ミッシェルおじさんは「一度決めた約束は守らんと」と言って鋸を持って木を切りに行こうとしますが、足が痛くて家から外に出る事はできませんでした。
 ネロはミッシェルおじさんが怪我をしたので、しばらく樫の木は切り倒せそうにないとノエルじいさんに報告に行きました。するとノエルじいさんはミッシェルおじさんが切り倒そうとしていた樫の木にネロを連れて行き、ネロの将来なりたい仕事について聞いたのです。ネロは自分が将来何になるかはまだ決めていませんでした。するとノエルじいさんはネロに仕事についてこう言ったのです。「自分の仕事を決めるのは一生の大事じゃ、自分が本当にやりたい事を選ぶんじゃよ、そしていったん選んだ仕事はどんなに辛くてもやりぬくんじゃ、その仕事に負けちゃあいかんぞ、仕事との戦いに勝ってこそ一人前になれるんじゃ」
 ノエルじいさんに言われた将来の仕事。今のネロには将来何になったらいいのかわかりません。でもこの樫の木を見ているうちにネロは自分の力を試してみたくなりました。ネロは自分一人の力でこの樫の木を切り倒してみようと思ったのです。そうすればミッシェルおじさんも助かるし、ノエルじいさんも一日も早く風車の修理ができると考えたのでした。
第32話 大きなカシの木
 ネロがケガをしたミッシェルおじさんの世話をする為に山の小屋に泊まり込んで何日かたちました。自分一人の力で樫の木を切り倒そうと決心したネロはミッシェルおじさんの看病の傍ら、ミッシェルおじさんに内緒で樫の木を切り始めたのです。けれどもなかなかはかどりません。固い樫の木を切る事は小さなネロにとっては思った以上に大変な仕事だったのです。
 それから数日後、ハンスがミッシェルおじさんの様子を見に来るついでに森へ狩猟に来た時、銃声を聞いたネロはハンスの所まで様子を見にやって来ますが、ハンスはせっかくの獲物を逃がしてしまったとネロに八つ当たりし、ネロに暴力を振るおうとします。その時パトラッシュがやって来たのでハンスはそのまま逃げ去ってしまうのでした。ミッシェルじいさんのところに行ったハンスはミッシェルおじさんに森で銃を使ってはいけないととがめられ、逆恨みしたハンスはコゼツ旦那に「ネロはアロアの事でコゼツ旦那を恨んでいるのでミッシェルに樫の木を切らせないようにしている」と嘘をつくのでした。
 ネロは毎日一生懸命樫の木を切り続けました。ミッシェルおじさんのケガが治る前にどうしても自分一人の力で樫の木を切りたかったのです。ネロが一人で樫の木を切っていると、ジョルジュとポールが遊びに来ました。ジョルジュは樫の木を切るのを手伝おうと言ってくれますが、ネロはそれを断ってしまいます。ネロは自分の力を試す為に、他人の力を借りずにどうしても自分一人の力で樫の木を切りたかったのです。事情を知ったジョルジュはそんなネロを見守り続けるのでした。
 そんなある日、ハンスの言葉を信じたコゼツ旦那はおじいさんに「ネロがミッシェルに樫の木を切らせないようにしている」と言って注意します。ネロが樫の木を切り倒す事はミッシェルおじさんにさえ内緒なので、当然おじいさんも知るよしもありません。真相を知ろうとおじいさんはミッシェルのもとを訪れますが、ネロは樫の木を切っているので看病していません。おじいさんはコゼツの旦那が言っていた事が本当だったのだと誤解し、ミッシェルに詫びます。ミッシェルおじさんは落ち込んだおじいさんを慰めようと、自分の切ろうとしていた樫の木を見せに行く事にしました。ところが二人が樫の木に着いた時、ようやくネロは樫の木を切り倒す事ができたのです。ネロは自分一人で樫の木を切り倒せたと大喜びし、ミッシェルおじさんもネロをよくやったと言って誉め称えました。ネロを叱るつもりで来たおじいさんも言葉をなくしてしまうのでした。自分一人の力で大きな樫の木を切り倒した事に小さなネロの心は喜びで満ち溢れるのでした。
第33話 こころの手紙
 また暑い夏がやってきました。年取ったおじいさんには暑さは堪えます。でもネロは張り切って仕事に精を出していました。木こりのミッシェルおじさんを助けて森で過ごした生活が、ネロの小さな体に自信を植えつけてくれたのです。
 ミッシェルおじさんがおじいさんのもとを訪れました。ミッシェルおじさんはネロをしばらく自分のところに預けて一人前の木こりにしないかと、おじいさんに話しを持ちかけてきたのです。ネロをいつまでも牛乳運びさせるわけにはいきません。おじいさんはネロに将来の事を考えると自分一人で食べていけるようにならなくてはと言いますが、ネロが木こりになる為におじいさんやパトラッシュと別れる事を考えると、ネロに木こりになる話を話す事はできませんでした。
 その日、隣のヌレットおばさんの所に娘のミレーヌから手紙が来ました。ヌレットおばさんに一緒に住まないかという誘いの手紙でした。しかしヌレットおばさんは断るつもりでおり、引っ越しの費用として送ってきたお金を、アロアへの手紙を送る費用にとネロにあげてしまいます。ヌレットおばさんは自分がまだまだ元気な事を知ってもらう為に、急に張り切りだすのでした。しかし翌日、ヌレットおばさんは持病の神経痛で動けなくなってしまいます。ヌレットおばさんの神経痛は翌日になっても治らず、一生懸命看病するネロやおじいさんを見ているうちに、これ以上迷惑をかけられないと悟りミレーヌの家に行く事を決心し、ミレーヌに手紙を書いてくれるようおじいさんにお願いするのでした。
 ネロもヌレットおばさんがいなくなる事は寂しかったのですが、やっぱり家族が一緒に暮らすのが一番だと思わずにはいられません。そしてミレーヌに手紙を出す費用にとネロはヌレットおばさんからもらったお金を差し出すと「僕だっておじいさんと離れたくないもの。おじいさんとパトラッシュといつまでも一緒にいたいんだもの」と言うのです。それを聞いたおじいさんは思わずネロを抱きしめました。
 ネロはアロアへの手紙を出せなくなってしまいました。でももっと大事な手紙を心の中でおじいさんと交わし合ったのです。おじいさんとネロ、そしてパトラッシュが助け合って一緒に暮らしていく事が一番大切なんだという心の手紙を…
第34話 ヌレットおばさん
 いよいよヌレットおばさんの引っ越しの日がやってきました。ミレーヌやクロードもやってきて朝から引っ越しで大忙しです。ところが馬車に荷物を全部積んだところでアヒルのクロがどこかに行ってしまいました。クロは牛乳を運びにアントワープまで行ったネロとパトラッシュを迎えに行っていたのです。ヌレットおばさんは出発の時間だというのに戻って来ないクロの事がとても心配でした。するとネロがクロを連れて帰ってきたのです。ヌレットおばさんはクロが戻ってきた事と出発前にネロにお別れが言えた事で安心しました。そしてクロにもお別れを言ったのです。ヌレットおばさんはクロを連れていくつもりでしたが、クロを連れていくとネロやパトラッシュが寂しくなると思い、クロをネロに託す事にしました。ヌレットおばさんは「ネロまた逢おうね。クリスマスにはきっと来るからね」と言って馬車でミレーヌの住む家に引っ越していくのでした。
 その日からネロはクロの世話もする事になりました。ネロがクロに餌をあげようとしますが、クロの姿はどこにもありません。ネロがヌレットおばさんの家に行くと、クロはヌレットおばさんのベッドの上にいたのです。ネロはクロもヌレットおばさんがいなくなって寂しがっている事を知るのでした。
 翌日、ネロとおじいさんはクロを残してアントワープまで牛乳運びに出かけました。するとその間にハンスがヌレットおばさんの家にやってきてアヒル小屋を壊し始めたのです。クロと遊ぼうとして村にやってきたジョルジュとポールはハンスがアヒル小屋を壊しているのを見て止めますが、ヌレットおばさんの家はハンスの借家だったので、ハンスはアヒルを小屋に住まわせるなら家賃を払えと言うのです。結局アヒル小屋は壊されてしまうのでした。
 おじいさんは自分の家の庭にある小さな小屋を改造してアヒル小屋にしようと提案しました。ジョルジュやポールも手伝ってくれたおかげでアヒル小屋は完成し、クロもお気に入りのようでした。ネロはアンドレから近いうちにアロアが帰って来るという話を聞きました。ネロはアロアが帰って来ると思うと嬉しくて仕方がありません。ネロはアロアが帰って来るというアンドレの言葉に胸をはずませてなかなか寝付く事ができませんでした。
第35話 お帰りアロア
 もうすぐアロアが帰って来る。そう思うとネロはとてもじっとしていられませんでした。でもアロアがどうして急にイギリスから帰って来る事になったのかネロにはわかりませんでした。アンドレからアロアが今日帰って来ると聞いたネロは、およそ1年ぶりの再会にネロは心弾ませてアントワープへ迎えに行きます。でもイギリスで勉強しているはずのアロアが今ごろ帰って来るのはおかしい、そう思うとネロは段々心配になってくるのでした。
 船が港に着きましたがアロアは降りてきません。そればかりか船員から手紙を受け取ったコゼツ旦那とエリーナは急に様子がおかしくなり、ネロはアロアの身に何かあったのではないかと心配でたまりませんでした。船員から受け取った手紙はアロアをイギリスまで迎えに行ったお医者さんからのものでした。アロアの容体が思わしくないので急に出発を取りやめたと書いてあったのです。アロアは遠いイギリスで病気になっていたのです。そんな事とは知らないネロはどうしてアロアが帰って来なかったのか心配でたまりませんでした。
 それから1週間ほどたちました。ネロがアントワープへ牛乳運びに行った時、ジョルジュとポールから昨日アロアが帰って来たと聞きます。ネロは大喜びでしたが、アロアは病気でイギリスから帰って来たと知るとネロは心配でたまりません。アロアは村には戻らず、そのままアントワープの病院のバートランド先生の家で療養していたのです。ネロはさっそく見舞いに行きますが、アロアはネロに会おうとしません。アロアは病気で青白い顔をしてベッドに寝ている姿をネロに見せたくなかったのです。その代わりにアロアはネロの描いた絵を見たいと言います。アロアはネロに逢えない間、ネロの描いた絵をネロだと思って見ていたかったのです。そこでネロは紙と鉛筆を借りると、その場でアロアの為に二人でいつも遊んでいた丘の上の木の下から見える風車の絵を描きました。その絵を見たバートランド先生はネロの絵のうまさに感心し、それを見たアロアは懐かしさのあまり涙を流すのでした。
 アロアはネロを一目見たくて、二階の窓から帰っていくネロを見下ろしていました。するとネロもアロアに気付いたのです。ネロとアロアは久しぶりにお互いの姿を見る事ができ、いつまでも見つめ続けました。ほんのつかの間のアロアとの再会でした。そしてやっと逢えたアロアは病気だったのです。窓から覗いた青白いアロアの顔を思い出すたびにネロの心は痛むのです。アロアの病気が治って、また花のある窓から明るい顔を覗かせるのはいつの日でしょうか?
第36話 アロアのくすり
 アロアがイギリスから帰ってきました。でもその喜びは一瞬のうちに暗い悲しみに代わってしまいました。アロアは病気の為に故郷に帰ってきたのです。アロアはひどい熱の為ネロやパトラッシュの夢を見てうなされていました。バートランド先生はアロアが両親から離れて一人でイギリスに来た為に、寂しさや心配事から病気になったと言います。そしてアロアの病気を治すにはアロアを村に帰すべきだと言うのです。病気を治す為には村の澄んだ空気と暖かい愛情が必要だったのです。バートランド先生もネロの描いた絵を見て一度村へ行ってみたいと思っていたのでした。
 翌日ネロはアントワープでジョルジュとポールからアロアが村に帰る事を聞きます。それを聞いたネロはアロアの病気が治ったのだと大喜びでした。しかしジョルジュから病人が家に帰るのは、病気が完全に治った場合と、もう助かる見込みがない場合の二通りあると聞いたネロは、慌ててバートランド先生の家に行きますが、アロアは既に村に帰った後でした。そこでネロはアロアの病気が夕方になると高い熱を出す病気だと聞くのでした。
 村に戻ったネロはアロアの為におじいさんの作った薬草を届けに行きますが、ネロはアロアの家の前でハンス出合ってしまいます。ハンスは「薬草など効くはずがない」と言って相手にしてくれません。ネロはハンスに頼んでエリーナに薬草を渡してもらおうとしますが、気を悪くしたハンスに薬草を投げ捨てられてしまいます。ハンスはその事をコゼツ旦那に報告すると、横で聞いていたバートランド先生はハンスを怒りました。「アロアの病気を治すのはいい薬でもない、いい医者でもない、わざわざ薬草を届けてくれるその少年のような優しい暖かい心と、この村の澄んだ空気がアロアを健康にするんだ」と… ハンスになじられたネロはとぼとぼと帰る途中、話を聞いていたエリーナから「ネロ、その薬草頂くわ。アロアに飲ませるわ」と声をかけられ、ネロはエリーナに薬草を渡すと大喜びで帰っていくのでした。
 バートランド先生はネロにアロアを見舞いに来てくれないかと話しを持ちかけます。しかしネロはコゼツ旦那からアロアと逢う事を禁じられている事を告げると、3日後ならコゼツ旦那も留守だから大丈夫だと言うのです。でもネロは断りました。ネロはアロアに逢いたかったのですが、コゼツ旦那に隠れてコソコソと逢うのが嫌だったのです。しかしバートランド先生は「アロアの最高の薬はネロだ、アロアの為に見舞いに行ってくれ」と説得し、とうとうアロアと再会する事になったのです。
 ネロが見舞いに来る日、アロアは朝からネロを楽しみに待っていました。そしてネロが来るとアロアは寝間着からいつもの服に着替えてネロの前に姿を見せたのです。アロアはベッドの上でネロにただいまと言いたくなかったので、いつもの服に着替えて自分で二階から降りて来たのです。アロアはネロと逢った途端、急に元気になり、その日のうちにネロといつもの丘の上の木の下に遊びに出かけます。アロアは風車小屋の前まで行き風車のまわる音を聞くと「ママ、私をもうどこにもやらないで。私はこの村が好きなの。パパやママと離れたくないの。ネロやパトラッシュと逢えないのは嫌」と言ってお母さんに抱きついて泣きました。そして楽しそうにネロやパトラッシュと遊ぶアロアを見ていると、エリーナはいつまでもアロアとネロの幸せが続けばいいと心の底から祈るのでした。
第37話 うれしい知らせ
 アロアはすっかり元気になりましたが、コゼツ旦那のネロに対する冷たい態度は以前とまったく変わりませんでした。それを知ったおじいさんは「気を落としてはダメだ。人間は誰でも他人の行いを誤解する事がある、それを恨みに思ってはいけない。お前が大きくなって立派な職を持った時にはコゼツ旦那もきっとわかってくださる」と言ってネロを諭すのでした。
 ある日、アロアがコゼツ旦那と一緒にアントワープのバートランド先生の家に診察に行きました。バートランド先生はアロアがすっかり元気になっていた事に驚き、これもネロといういい友達を持ったからだとコゼツ旦那に言います。するとコゼツ旦那はアロアをネロに逢わせたくないばっかりに、元気になったアロアを再びイギリスに行かせると言うのです。しかしバートランド先生はアロアが親元を離れでイギリスに行くと再び病気になってしまうと止めるのでした。
 ネロはアントワープに行った時、ルーベンスの絵のコンクールの事を知ります。アントワープの公会堂で12月1日に締め切りで12月24日に結果を発表され、一等の作品には200フランの賞金が出て、絵の勉強までさせてくれるのです。200フランのお金があればもちろんおじいさんやパトラッシュが働かなくても済みます。でもそれ以上に絵の勉強ができるという事にネロは心を奪われていたのです。ネロはさっそく絵を描こうと決心しました。
 アロアはネロがコンクールに絵を出す事を知るととても喜びました。アロアはネロが間違いなくコンクールで一等を取ると信じて疑わなかったのです。でもネロは、学校で絵の勉強をしている人も出品するので、自分が一等になるのは難しいと考えていました。そこへコゼツ旦那がやってきました。コゼツ旦那はネロが絵のコンクールに出品しようとしているのを知ると「お前が何になろうとどうでもいい事だが、アロアの仲良しだから忠告してやろう。くだらん絵などに関りあっている暇があったら少しは仕事を覚える事だな。わしがお前の年には農作物の作り方、牛の育て方、風車の扱い方を一生懸命覚えたものだ。絵などに熱中しているようでは将来ロクな者にはならんぞ。さあ帰るんだ。こんな怠け者と一緒にいたらお前まで怠け者になってしまう」と言ってアロアを連れ去ってしまうのでした。
 ネロは悲しくなっておじいさんに「絵を描くのは怠け者のする事?」と聞きます。それを聞いたおじいさんは「難しい事はよくわからんが、お前はいつもあのマリア様の絵を見てどう思うかね? おじいさんはあの絵を見るといつも心が和むんじゃ。人の心を和ましてくれるような立派な絵は怠け者には描けんのじゃないかな? おじいさんはお前に何にもしてやれない、せめて絵を描きたい時には気兼ねせずに描きなさい」と言って慰めてくれるのでした。ネロはおじいさんにコンクールの事を話し、仕事の合間に絵を描いていいかどうかを聞きます。するとおじいさんは「いいともネロ、やってごらん。誰でも一度は自分の力を試してみるんだ。な〜に、仕事はまだまだ大丈夫だ、な、パトラッシュ」と言ってくれたのです。おじいさんは久しぶりにネロの眼が光り輝くのを見た思いがしました。そして何とかしてネロの夢を叶えてやろうと思ったのです。
第38話 ネロの大きな夢
 クリスマスにアントワープで開かれるコンクールに自分の絵を出す事にしたネロはおじいさんの手伝いの合間に絵を描く事にしました。何を描こうかあれこれ迷ったネロは結局丘の上の大きな木の下に来てしまうのでした。ここが一番落ち着いて絵が描けそうな気がしたのです。
 ネロはアロアから再び学校に行く事を聞きました。ネロはアロアが再びイギリスへ行ってしまうのかと思いましたが、アロアはイギリスではなくアントワープの学校へ村から通うと言うのです。それを聞いたネロは自分が毎日牛乳を運ぶアントワープへアロアも毎日通うのだと思うと安心するのでした。
 そしてアロアが学校へ通う日がやって来ました。アロアはハンスの馬車でアントワープに向かいます。アントワープに向かう途中、アロアはジョルジュとポールに2つの旗の存在を教えてもらいます。その旗はネロが牛乳運びでアントワープに向かうとジョルジュが三角の旗を掲げ、アロアがアントワープの学校に行くと四角の旗に取り替えておくのです。こうするとネロとアロアはお互いに逢わなくても、元気にしている事を知らせ合う事ができるのです。それを聞いたアロアは大喜びでした。そしてネロもアントワープからの帰りにジョルジュが掲げた四角い旗を見て安心するのでした。
 ある日の事、ネロがアントワープから帰る時、赤い旗が掲げられていました。三角の旗も四角の旗も白い旗だったので、アロアに何かあったと考え、ネロはジョルジュの家に行きました。するとジョルジュは赤い旗を掲げた時は自分の家に行く合図にしようと考え、それを試してみたと言うのです。ネロはジョルジュの名案にすっかりと感心してしまうのでした。ネロはいい友達を持って幸せでした。
 その夜、ネロはジョルジュの絵を描きました。ネロはその絵をおじいさんに見せ、どんな子供に見えると聞きます。するとおじいさんは元気のいいわんぱく坊主に見えると言うのです。ジョルジュは元気のいいわんぱくでしたが、本当は友達思いの優しい子供なのです。ネロは優しい心をどうしたら絵に描けるのか、ジョルジュの本当の心を絵に描けたらと思わずにはいられませんでした。眠れなくて、また起きだしてしまったネロは夜の更けるのも忘れてスケッチブックに向かっていました。
 翌日、絵を描いて夜ふかししたネロは寝坊しておじいさんにアントワープへの牛乳運びを置いてきぼりにされてしまいます。ネロはあわてておじいさんを追いかけますが途中アロアの乗った馬車に出会いました。事情を聞いたアロアはハンスの反対するのも聞かずネロに馬車に乗るよう薦め、馬車でアントワープまで送ってもらう事になりました。ジョルジュはネロが寝坊したのでアロアに掲げる旗をどうしようかと悩んでいたところ、アロアの乗った馬車にネロも乗っていたのです。そこでジョルジュは三角と四角の旗を両方掲げる事にするのでした。
 ネロを牛乳の集配所の近くまで送った為にアロアは学校に遅刻してしまいました。それを知ったコゼツ旦那はおじいさんを呼び出すと「ネロは甘やかしすぎている、仕事を怠けているようでは話にならん」と怒ります。しかしおじいさんは「お言葉ですがコンクールに絵を出すようにしてからのネロは前よりいっそうよく働いています。あの小さな体で大人に負けないくらい。アロアお嬢様にご迷惑をおかけした事は申し訳ありません。しかしネロの夢を取り上げるような事だけはお許し下さい。今の私にはあの子の夢を育ててやる事しかないのですから」と言って請願するのでした。
 ネロは自分が絵を描く事でおじいさんに迷惑がかかっていると知り、絵を描く事を止めてしまいます。そんなネロを見ておじいさんは「子供が夢を見なくなったらおしまいだぞ。さあお描き」と言ってネロに再び鉛筆を取らせるのでした。おじいさんの言葉にネロの心に新しい勇気が湧いてきました。夜が更けるのがもったいないような気持ちでネロはいつまでも絵を描き続けるのでした。
第39話 心をつなぐ二つの旗
 アロアはアントワープの学校へ通い始めました。でも同じアントワープへ牛乳を運んでいるネロとはなかなか逢えませんでした。ネロとおじいさんは、まだ薄暗いうちにアントワープに出かけてしまいます。そしてアロアがまだ勉強しているうちに村へ帰ってしまいます。すれ違いの毎日を送るネロとアロアの心をつなぐのはアントワープに行く途中の並木道の白い旗でした。
 ある日、ハンスの馬車が故障してしまった為、アロアをアントワープの学校まで送る事ができなくなりました。そこでアロアはネロと一緒にアントワープまで歩いていく事にしました。途中までは元気だったアロアも半分まで歩いたところで疲労と靴ずれの為、歩けなくなってしまいます。アロアはおじいさんにおんぶしてもらってようやく学校までたどり着きました。しかしアロアは帰りもハンスの馬車が迎えに来ていたにもかかわらず歩いて帰ろうと決心しました。アロアは今まで知らなかったネロの苦しさを自分も試してみようと思ったからです。
 アロアは痛む足を引きずるように涙をこらえ、アントワープから村までの長い道のりを歩きました。そしてアロアは今日初めてネロの仕事の辛さを知りました。雨の日も風の日も雪の日も、一日も休まずアントワープまでの道を往復するネロの激しい労働を知ったのです。そしてネロの事を悪く言うお父さんに対して「パパはネロの事を怠け者だと言うけど、ネロは怠け者なんかじゃないわ、あたし今日歩いてみてよくわかったの。パパもママもネロの事をちっともわかってないのよ。そうよ、ネロの辛さをわかってないんだわ。パパもママもアントワープまで歩いてみればわかるわ、ネロが怠け者じゃないって… ネロをいじめないで」と泣いて哀願するのでした。
 ネロはおじいさんにアロアが帰りも一人でアントワープから帰ってきた事を話しました。ネロにとってアントワープに往復する事は辛い事ではなく、それをアロアが試してネロの辛さを試してみた事になるかどうかネロにはわかりませんでした。するとおじいさんは「仮にその人にとっては辛くない事でも、そうやって他人の事をわかろうとしてくれる気持ちは大切にしないといけないよ。アロアもイギリスに独りぼっちで行ってよほど辛かったんだな。人間、自分が本当に辛い思いをしないとなかなか人の辛さをわかってやろうなんって気にはならんからな」と言うのです。それを聞いたネロは「アロアに比べれば僕なんかずっと幸せなんだね。だって僕はいつもおじいさんやパトラッシュと一緒だもの。苦しい事も楽しい事もいつも一緒だもんね」と言うのでした。
 翌日ネロはアントワープからの帰り、四角の旗が挙がっていないのを見ました。アロアは前日の疲れで学校を休んでいたのです。ネロがいつもの丘の上の木の下で絵を描いているとアロアがやって来ました。アロアはネロがあんなに辛い仕事をしているのかと思っていましたが、ネロにとってはそれほど辛い事ではなく、人によって辛い事や楽しい事の中身は違うと聞いたアロアは安心するのでした。
 そこへコゼツ旦那がやってきました。コゼツ旦那は絵を描いていたネロに対して「お前がこうしてのんびり絵を描いている間にジェハンじいさんは働いているんだぞ、一緒に住んでいながらお前はじいさんの事を知らんのか。絵を描く事よりじいさんをいたわってやる方が大事な事ではないのかね」と言ったのです。ネロはまったく知りませんでしたがコゼツ旦那の言う事は本当でした。おじいさんはアントワープの町で牛乳運びの後、ネロに内緒で働いていたのです。喜びも悲しみも一緒だと思い込んでいたネロは、おじいさんが一人だけで苦労していたのを知らなかったと思うと、自分で自分に腹が立ちました。それにしてもおじいさんは、なぜネロに内緒で働いているのでしょう?
第40話 おじいさんの口笛
 コゼツ旦那からおじいさんが働いていると知らされたネロは信じられない思いでいっぱいでした。喜びも悲しみも一緒のはずのおじいさんが僕に黙って働いているなんって、そんなはずはない、嘘に決まっている。そう思いながらネロとパトラッシュはアントワープへの道を走るのでした。
 アントワープで野菜売りの店番をしているおじいさんを見つけたネロはおじいさんを問い詰めました。しかしおじいさんは働く事が楽しいんだと言うのです。ネロには信じられませんでした。ネロはアントワープからの帰り、ジョルジュとポールに出合いました。そこでネロはジョルジュから、昨日おじいさんがアントワープからの帰り道に口笛を吹きながら歩いていたと聞かされます。ネロはおじいさんの口笛を聞いた事がありませんでした。ジョルジュはおじいさんに何かいい事があったのではないかと問い詰め、やがてネロはおじいさんが言っていた仕事が楽しいという言葉が本当だという事に気付くのでした。
 翌日ネロはコンクールに出す絵を描く練習をしていました。するとそれを見たハンスから「紙のままで出しても受け付けてもらえるはずはない」と言われます。ネロは心配になりました。ネロは今まで絵の内容の事ばかり気になって、紙の事など考えてもみなかったのです。
 次の日、ネロはクリスマスにコンクールの開かれるアントワープの公会堂に行き、画用紙のまま提出しても問題ないかを聞きました。そこでコンクールに提出するにはパネルが必要だと教えられます。ネロは画材屋にパネルを見に行きますが、パネルは値段も高く、とてもネロには買えません。ネロはどうやってパネルを手に入れようかと思案するのでした。
 その時、ネロはアロアから夜遅くに疲れ切った表情で家に帰るおじいさんを見たと言われました。ネロはおじいさんが自分を心配させない為に嘘をついたんだと考え、心配になったネロはおじいさんの仕事を手伝う事にしました。しかしおじいさんは「今週いっぱいで仕事を止める、それまでは絵を描きなさい」といって手伝いを断ってしまいます。ネロは家に戻りますが、ネロはやっぱり絵を描きませんでした。おじいさんが働いている間、できるだけ家の仕事をしようと思ったのです。それにコンクールに出すパネルをどうして手に入れるかも問題でした。そんな高い物を買うお金はおじいさんも持っていません。
 そして約束の1週間がたちました。今日でおじいさんの仕事が終わります。でも、いつまでたってもおじいさんは帰ってきません。その時ネロのまぶたにアロアが見たという疲れ切ったおじいさんの姿が浮かびました。ネロは慌てておじいさんを迎えにアントワープに向かって走り出すと、村の入り口で口笛を吹いて楽しそうに帰宅するおじいさんに出会ったのです。そしておじいさんからプレゼントを貰いました。そのプレゼントとはパネルだったのです。おじいさんは野菜売りの仕事で得たお金をすべて注ぎ込んでネロの為にパネルを買ったのです。ネロはおじいさんからパネルをもらい、大喜びで駆け出してしまうのでした。
 しかし家に着いたところでおじいさんは疲労の為、倒れてしまったのです。ネロはおじいさんがコンクールに出す絵のパネルの為に働き続けて倒れた事を気にやみ、おじいさん死なないでと心の中でいつまでも叫び続けるのでした。
第41話 なつかしい長い道
 次の日、ネロは病気のおじいさんを残してパトラッシュと二人で牛乳運びに出かけます。ネロはヌレットおばさんがいれば、おじいさんを任せて安心して仕事ができるのにと思いましたが、そのヌレットおばさんは馬車で3日もかかる遠い町にいるのです。ネロはアントワープまで行っている間、おじいさんに何事もなければと祈りながら仕事に向かうのでした。
 おじいさんは今度の病気が今までの軽い発作とは違う事を知っていました。そしてとうとう今までネロに何もしてやれなかった自分の不甲斐なさを胸の中でネロに詫びるのでした。その日一日ネロは一生懸命働きました。ネロの心はコンクールに出す絵を描きたいという気持ちでいっぱいでした。でも、病気になったおじいさんの代わりに働くとなると、とても絵を描いている余裕などなかったのです。おじいさんの病気は数日の後に快方に向かい、ようやく立って歩けるようになり、これでネロも安心して仕事に出かけられるようになるのでした。
 ネロがアントワープへ牛乳を運んでいる間、ミッシェルおじさんがおじいさんの見舞いにやって来ました。おじいさんは少しでもネロの仕事を楽にさせてやりたくて、薪割りをしていましたが、ミッシェルおじさんに止められてしまいます。おじいさんは「わしはネロに何もしてやれなかった。だからどんな事をしてもネロの夢を実現させてやりたい。ネロはわしが死んだらきっと辛い事になるだろう。そう思うと生きているうちになんとしてもネロの夢を… 今度ばかりはわしも年には勝てんという事がわかってきたんじゃよ」と言うのです。おじいさんはネロの絵を描くという夢を実現させてやりたいと思うのですが、ネロはおじいさんにゆっくり休んでもらって早く良くなってほしいと思っていたのでした。
 翌朝、おじいさんは体の調子が良くなったので、自分もアントワープまで一緒に行くと言いだします。ネロは病み上がりのおじいさんには無理だと反対しましたが、おじいさんはネロを説得して一緒について行く事にしました。久しぶりに訪れた大聖堂のマリア様の前でおじいさんはネロのこれからの幸せを祈っていました。そしてネロはいつものようにおじいさんが早く元気になるようにと祈るのでした。
 アントワープからの帰りに、おじいさんは荷車を引かせてくれとパトラッシュにお願いします。ネロは再び反対しましたが、おじいさんはネロとパトラッシュを説得して、昔のように荷車を引き、おじいさんはネロが幼かった頃の事を思い出しながら通い慣れた運河沿いの並木道を歩くのでした。また村の入り口でおじいさんは「石蹴りか… わしも子供の頃よくやったものだ」と言いながら石蹴りをネロと一緒に楽しみます。おじいさんは自分の命がもうあまり長くない事に気付いていました。ネロと少しでも想い出を共有したかったのです。そんな事とは思わないネロはおじいさんが治った嬉しさでいっぱいでした。
第42話 となりに来た人
 一時は良くなったように見えたおじいさんの病気も思ったより長引いてしまいました。そしてネロは牛乳運びと、寝込んだおじいさんの看病に追われるようになりました。そんなある日、ヌレットおばさんの住んでいた隣の家に新しい人が引っ越して来ました。ネロもおじいさんも隣に来た人がヌレットおばさんのようにいい人だといいなと思わずにはいられません。そこでネロは隣に引っ越して来たセルジオに挨拶に行きました。セルジオは野菜売りを仕事としており、悪い人ではありませんでしたが、仕事に忙しく、あまりネロに構ってくれるような人ではありませんでした。隣の家にヌレットおばさんのような人が引っ越して来る事を期待していたネロは、その期待が大きかっただけに、新しく引っ越して来たセルジオを見てがっかりしてしまうのでした。
 セルジオはハンスと一緒に村人の家を訪ね歩き、野菜を安くで売ってほしいとお願いしてまわりました。セルジオは村で安くで仕入れた野菜をアントワープで売っていたのです。村の人は最初は渋っていましたが、野菜を売ってもらうついでに牛乳もタダでアントワープまで運ぶと言われ、ほとんどの村の人は野菜を安くで売る代わりにアントワープの集配所まで牛乳運びをセルジオにお願いしてしまうのでした。
 翌朝ネロが村の牛乳を集めようと家々をまわると、みんな牛乳運びはセルジオにお願いしたから、今日からもう牛乳を運んでもらう必要はないと言われてしまいます。親切なジェスタスさんは村の人に、ネロに牛乳運びをしてもらうよう説得しました。村の人もネロを不憫だと思いましたが、セルジオさんのタダで牛乳を運んでくれるという言葉には勝てず、結局ジェスタスさんだけが、ネロを見かねて引き続き牛乳運びをネロに依頼する事になりました。
 ネロにとって今日ほどアントワープまでの道のりを遠く感じた日はありませんでした。ネロは今まで牛乳を毎日4缶運んでいたのが今日から1缶だけになってしまい、収入も1/4に減ってしまったので、お金を稼ごうとアントワープで仕事を探します。しかしネロのような子供を雇ってくれるところはどこにもありませんでした。
 ネロはアントワープからの帰りにジョルジュにその事を相談しました。ジョルジュは親身になってネロを心配し相談に乗ってくれましたが、そればかりはジョルジュにもどうする事もできず、ただネロを励ます事しかできませんでした。ジョルジュはネロが村に帰った後、アロアにその事を相談しました。それを聞いたアロアはさっそく、村の人にこれまで通り牛乳運びをネロにさせてほしいと頼んでもらえるよう、お父さんにお願いしますが、コゼツ旦那は「私がネロの為に村の連中に頭を下げる必要がどこにある」と言って相手にしてくれませんでした。
 収入が激減してしまったネロ。家賃はおろか毎日のパンを買うお金すら足りず、その日の夕食、ネロはパンを食べずスープだけしか食べませんでした。とうとうネロは牛乳運びの仕事が減った事をおじいさんに言えませんでした。おじいさんの病気の事を考えると、とてもこれ以上心配かけられないと思ったからです。
 その夜、ジョルジュとポールがネロを訪ねてきました。ジョルジュは波止場で仕事を見つけてくれたのです。それを聞いたネロは大喜びでジョルジュにお礼を言います。ネロは今日ほどジョルジュとポールの友情を嬉しく思った事はありませんでした。
第43話 アロアのお手伝い
 翌日からネロは牛乳運びの仕事に加えて波止場で働く事になりましたが、その事は寝込んでいるおじいさんに言わず、帰りが遅くなるとだけ言いました。するとおじいさんは、てっきりネロが絵を描く為に遅くなるのだと思い込み、絵の道具を持たずに出かけようとするネロに絵の道具を忘れているぞと言います。ネロは絵の事など頭になかったのですが、おじいさんをごまかす為に、絵の道具を持って家を出、「ごめんなさいおじいさん、本当の事を言わないで」と心の中でつぶやくのでした。しかも牛乳缶は1缶だけ運べばいいのですが、残りを家に置いておくと牛乳運びの仕事が減った事をおじいさんに知られてしまう為、ネロは荷車に空の牛乳缶3缶も積み「パトラッシュごめんよ、本当は一缶だけでいいんだけど。今おじいさんに知られたら病気にさわるかもしれないんだ。わざわざ重たい思いをさせてしまうけれど許しておくれ」と言うのでした。
 ネロはジョルジュとポールと一緒に波止場での仕事を始めました。仕事の内容は船着き場に積み上げてある大量の荷物を1週間以内に倉庫に運び込む事。あまりの量の多さにネロはできるかどうか不安を覚えますが、ジョルジュやポールだけでなくパトラッシュまで手伝ってくれたのです。波止場の仕事は思っていたより大変辛い仕事でした。でも少しでもおじいさんに心配をかけないで済むと思うとネロは仕事の辛さも忘れて働くのでした。そして何も知らないおじいさんはネロがアントワープの町で絵を描いていると信じ切っていたのです。
 翌日もネロとジョルジュとポールは波止場で働きます。ところがジョルジュは旗を揚げるのを忘れていた為、心配したアロアはジョルジュのお母さんに事情を聞いて、学校の昼休みに波止場までやって来たのです。アロアはそこでネロがおじいさんの為に働いているのを知りました。ジョルジュやポールもネロの為に一生懸命手伝っているのを知ったアロアは、ネロが安心して働けるようにおじいさんの面倒を自分が見ると言いだしたのです。ネロにとってそれは嬉しい事でしたが、おじいさんには自分が波止場で働いている事を内緒にしてもらうようにアロアにお願いするのでした。
 アロアはおじいさんのところに行っておじいさんの話し相手をしたり食事を作ったりしました。ところがふとした事からネロが波止場で働いている事をうっかり喋ってしまったのです。おじいさんに問い詰められ、アロアはネロの牛乳運びの仕事が減り、その代わりにネロは波止場で働いている事をおじいさんに涙ながらに説明するのでした。
 おじいさんはネロの為に自分のマフラーを切ってネロの手袋を作っていました。おじいさんはマフラーの必要になる季節まで生きられない事を悟っていたのです。おじいさんは手袋のサイズを確認する為にネロが寝た後ネロの手を見ると、昼間のきつい仕事でネロの手はマメだらけだったのです。おじいさんは自分に心配をかけまいと内緒で働くネロの優しい気持ちが不憫でなりませんでした。
第44話 おじいさんのおみやげ
 波止場で働きはじめて1週間。ネロは張り切っていました。おじいさんは元気になったようだし、今日は波止場で賃金がもらえるのです。ネロはそのお金でおじいさんにおいしいものを食べさせてあげようと考えていました。朝出かける時、ネロはおじいさんに何が食べたいかを聞きます。おじいさんはネロの作ったスープが食べられるだけで幸せだと言うので、ネロはおじいさんの為に、とびきりおいしい肉入りのスープを作ろうと考えました。
 波止場へ行く途中、ネロはアロアと出会い、明日は自分の誕生日だからおじいさんと一緒に来てほしいとネロはアロアから招待されます。ネロは波止場での仕事も今日で終わりだし、明日はアロアの誕生日だと思うと明日が楽しみで仕方ありませんでした。波止場の仕事もようやく終わり、ネロは賃金をもらいます。ネロは一緒に手伝ってくれたジョルジュとポールとでお金を3等分に分けようとしましたが、ジョルジュとポールは「お金が欲しくて一緒に働いたんじゃないぞ、このお金でおじいさんに何か買ってやれよ」と言って受け取りませんでした。
 ネロは働いたお金でおじいさんの為に一番上等の肉を1人前買い、家に戻りました。肉を買って来た事をおじいさんに知らせると、おじいさんは「せっかく辛い仕事でもらったお金なんだ、画用紙でも買えばよかったのに… 波止場の仕事は辛かったろ。ずるいぞネロ、いつも一緒だと言っていたお前が。ネロ、ありがとう。嬉しかったよワシは。一人で自分の胸にしまっておくだけでも辛いのに、こうして仕事を見つけて私に土産まで買ってきてくれて。おじいさんこんなに嬉しい事はないよ。さあ、おいしい肉をご馳走してもらおうかな」と言います。おじいさんはアロアから教えられたのですべてを知っていたのでした。
 さっそくネロは肉入りのスープの支度に取り掛かりましたが、ネロがクロに餌をやっている時におじいさんの容体が急変してしまいます。そしておじいさんはこれからネロのお母さんに逢いに行くと言うのです。「おじいさん嫌だよう、今日はずいぶん元気だったじゃないか。おじいさん死んじゃ嫌だよ、僕を独りぼっちにしちゃ嫌だよ」「お前は独りぼっちじゃないぞ。パトラッシュだってクロだって、それにアロアやジョルジュやポールがいるじゃないか」「でも嫌だよ。おじいさんが一緒じゃないと嫌だよ」泣きじゃくるネロに対しおじいさんは「ああ、これからはお前がどこにいてもいつも一緒だよ。お母さんと一緒にいつもお前を空から見ていてあげるよ。さあ泣かないでお前の笑顔を見せておくれ。ほら、涙を拭いて笑っておくれ、そう、そうだよネロ。その笑顔を忘れるんじゃないよ」と言うのでした。
 おじいさんはスープを欲しがりました。ネロはおじいさんにスープを飲ませますが一口飲んで「おいしい、こんなおいしいスープは初めてだよ。ネロ、いい絵を描くんだぞ」と言ったきり天国に旅立ってしまったのです。「おじいさん、何か言ってよおじいさん。返事してよ。僕を一人にしないでよ」ネロはおじいさんの亡骸の前で一晩中泣きじゃくりました。そしてネロは夜中に家を飛び出しアロアといつも遊んだ丘の上の木の下で泣き続けるのでした。
 誰にも相談できる相手もないまま翌日、ネロはおじいさんを棺に入れ、荷車に載せてパトラッシュと二人で教会横の墓地まで運びました。その頃アロアは自分の誕生日パーティーにネロとおじいさんが来ないのを不審に思い、アンドレをネロの家まで行かせますが、ネロの家には誰もいません。それを聞いたアロアはパーティーを抜け出すと自分でネロの家まで行きました。そして誰もいないネロの家のおじいさんのベッドの上に花が捧げられているのを見た途端、何が起きたのかを知ったのです。
 慌てて教会へ駆けつけるアロア。そこでおじいさんを一人で埋葬した後、質素な墓標の前にひざまずくネロの姿を目撃したのです。「おじいさんごめんなさい、知らなかったの。あんなに元気だったのに」そう言うとアロアはそこで泣きじゃくり、ネロは悲しみのあまり教会の鐘を鳴らし続けました。おじいさんはもう二度と帰らないところに行ってしまったのです。ネロはその悲しみをぶつけるように、いつまでもいつまでも鐘を鳴らし続けるのでした。
第45話 ひとりぼっちのネロ
 おじいさんはいないのです。もう二度と帰ってこないのです。おじいさんの事を思い出すとネロには新たな悲しみが込み上げて来るのでした。翌日の朝、ネロは悲しみのあまりに惚けているとパトラッシュは納屋から荷車を持ちだし、ネロに牛乳運びに行くよう催促するのです。わずか1缶の牛乳缶を運んでアントワープへ進むネロ。でもネロは、この道ももうおじいさんと歩けないのだと考えると、さらなる悲しみが込み上げて来るのでした。アントワープでネロはジョルジュとポールに出合います。ジョルジュとポールはおじいさんが亡くなったと知り、おじいさんの事が大好きだっただけに悲しくて泣き出してしまいます。ジョルジュとポールはネロを何とか励まそうとしますが、ネロは元気を取り戻す事ができませんでした。
 家に帰ったネロは「ただいま」と言いますが「おかえり」という返事はありません。ネロが悲しみに浸っている時、ハンスがやって来ました。ハンスはネロに同情しながらも家賃の請求をします。でもネロの手元には半分の50サンチームしかありません。それを知ったハンスは家の中を物色して金目の物を探すと、パネルを見つけました。しかしそれはおじいさんがネロの為に買ってくれた大切なパネルだったので、ネロは見せる事さえ拒否し、ハンスは「今度払えなかったら出て行ってもらうからな」と捨てぜりふを残して帰って行くのでした。
 ジョルジュとポールがネロの家にやって来ました。ジョルジュは明日からメヘレンの町で鍛冶屋の見習いとして働きに出るので、ジョルジュの送別会をやろうと言うのです。ジョルジュたちは食材をたくさん持ってきてくれたおかげで、ネロの家で送別会は盛大に行われました。ジョルジュたちの努力の甲斐あってネロは少し元気を取り戻しますが、ジョルジュが行ってしまうと思うと、ネロは一人ぼっちの悲しさが胸に突き上げて来るのでした。
第46話 おじいさんの顔
 それから数日、パトラッシュはネロが少しずつ元気になってきたので安心しました。でも一つだけ心配な事があったのです。それはネロがいつまでたってもコンクールに出す絵を描かないからです。それはアロアも同じ気持ちでした。早く描き始めないとコンクールに間に合わなくなってしまうのです。ネロはアントワープへ牛乳運びに行った時、ポールからジョルジュがちゃんと仕事をしている事を知りました。ポールはネロの元気な姿を見て安心しました。なぜならポールはジョルジュからネロがいつまでもくよくよしていたらぶん殴れと言われていたのです。それを聞いたネロはジョルジュとポールの優しさに心から感謝するのでした。
 ネロは村に戻ると、いつもの丘の上の木の下で風車の絵を描く事にしました。ネロはコンクールに風車の絵を出そうと決めていたのですが、どうしても気が乗らなくて描く事ができません。ネロが帰ろうとした時、アロアがやって来て宿題の絵を見てほしいと言って、アロアが描いたおじいさんの絵をネロに見せました。それを見た瞬間、ネロは「アロアありがとう。そうだったんだ、そうだよ。おじいさんの絵を描けばいいんだ。今おじいさんの絵なら描けるよ、きっと。この絵を見てその事がやっとわかった」と言い、コンクールには風車の絵でなく、おじいさんの絵を描こうと決心したのです。ネロは夜の更けるのも忘れておじいさんを想い出しながら絵を描き続けました。今ネロの胸はおじいさんとの思い出であふれ、喜びに満ちていました。
 翌日アントワープの町でアロアはミッシェルおじさんに出合いました。ミッシェルおじさんはアロアからジェハンじいさんが亡くなったと聞き、慌ててネロの家に行きます。ネロの家にはクロしかおらず、ミッシェルおじさんはネロが昨夜描いたおじいさんのスケッチを見てネロをたいそう不憫に思いました。そしてクロに案内してもらいおじいさんの墓参りをします。ミッシェルおじさんは身寄りのないネロを引き取ろうと決心するのでした。
 ネロを不憫に思っていたのはミッシェルおじさんだけではありません。アロアやジョルジュ、ポールはもちろんの事、エリーナもネロの味方でした。しかしエリーナはコゼツ旦那がネロを嫌っている事を知っていたので、ネロを引き取るなどという事はできず、ただネロの為にお菓子を焼いてアロアに持って行かせるくらいの事しかできませんでした。
 ネロは昨夜おじいさんのスケッチをたくさん描きましたが、どうしても納得できる絵が描けません。どうしたらおじいさんが喜んでくれるか悩んでいた時、外でパトラッシュの吠える声がしました。ネロが外に出るとネロはパトラッシュの頭をなでるおじいさんの姿を見たのです。しかしそれはおじいさんではなくミッシェルおじさんの姿でした。ミッシェルおじさんがネロを訪ねて来たのです。
 ミッシェルおじさんはネロに荷作りをして自分の山小屋に来るよう言いますが、ネロは断りました。ネロはコンクールにおじいさんの絵を描こうと決心しましたが、おじいさんの想い出のいっぱいつまったこの家を離れると、おじいさんのいい絵が描けなくなると思ったからです。それを聞いたミッシェルおじさんは「いや、わしも気付かなくて早とちりしてしまった。独りぼっちでこの家で頑張っていたお前の気持ちをな。お前がまだこの家を離れたくない気持ちを察してやれなくて」と言うと、ネロは今までの辛さを吐き出すかのようにミッシェルおじさん抱きついて思いっきり泣き続けるのでした。
 ミッシェルおじさんに慰められたネロはパネルに向かいました。ネロはおじいさんのどんな姿を描くか既に決めていました。それはミッシェルおじさんが訪ねて来た時におじいさんと見間違えた姿、すなわちパトラッシュの頭をなでるおじいさんの姿でした。ネロは胸のつかえがおりたかのように夢中におじいさんの買ってくれたパネルに向かって描き続けるのでした。
第47話 風車小屋の火事
 おじいさんの買ってくれた大事なパネルにネロは夢中で絵を描き始めました。コンクールに出すのはこれしかないと決めたネロの絵は優しいおじいさんとパトラッシュの姿でした。そしてネロは夜の更けるのも忘れて描き続けるのでした。ネロの心の中でおじいさんは生き返ったのです。本当のおじいさんが家で待ってくれているかのように久しぶりでネロの気持ちは弾んでいました。そうして一つ一つおじいさんの事を想い出して描くネロの絵は、まるでおじいさんが生きているかのようでした。
 ネロが絵を描いていた時、アンドレがやって来てハンスが呼んでいると言い、ネロを風車小屋まで案内しました。ハンスは風車の調子が悪いからネロにノエルじいさんを探して来るように頼むのです。しかしノエルじいさんがどこにいるのかネロは知らないし、ネロには絵を描かなければならなかったのですが、それを知ったハンスは「家賃も満足に払えんくせによく絵なんか描いていられるな」と言うのです。ちょうどそこへエリーナが来てくれたおかげでネロは余計な仕事を押しつけられずにすみました。そしてエリーナはそばにいたアンドレに「ネロはおじいさんがいなくなって一人っきりになってしまったの。仲良くしてあげて」と言うのでした。
 おじいさんが亡くなってネロが一人っきりになってしまった為、気の毒に思ったエリーナはコゼツ旦那に、牛乳一缶をアントワープに運ぶだけではパンを1つ買うのがやっとのお金しか稼げないので、ネロに仕事を与えてはと提案します。エリーナはコゼツ旦那が村で一番責任のある人だから、一人っきりになってしまったネロを何とかしてほしいと考えていたのです。コゼツ旦那もネロに仕事をさせた方がアロアと逢う機会がなくなると考え、コゼツ旦那はネロに仕事を手配する事にしました。
 ネロは沼で汚れた人形を見つけました。ネロはそれがアロアの落とし物ではないかと考え、洗って乾かし、夜になってからアロアの家に届けに行きました。アロアは屋根の上で夜風に当たっており、ネロもアロアに誘われるまま屋根に上がります。人形はアロアの物ではありませんでしたが、ネロとアロアは屋根の上で星を見ながら語り合いました。アロアはネロがコンクールで1等をとって来年から一緒に学校に通うのが夢だったのです。アロアはネロに必ず一等をとるようにお願いしますが、ネロにはもちろんわかりません。それでもアロアはネロに一等をとると約束させると、星空を見あげながら、きっとおじいさんも空の上でそれを願っていると言うのでした。
 ノエルじいさんはどこかの村に出かけてしまっており、当分戻って来ないと聞いたコゼツ旦那とハンスは、風車の歯車に油を差して一晩回せば良くなると聞き、さっそくその夜、実行に移しました。ところがその夜、風車小屋が火事になったのです。村人総出で消火にあたりましたが、風車小屋は燃えつき完全に焼け落ちてしまいました。風車小屋には風車の力で挽く為の小麦が保存してありましたが、すべて燃えてしまい。しかも風車小屋に置いていなかった小麦も風車がなくなっては挽く事ができず、村人たちはこの冬をどうやって過ごそうか途方に暮れてしまいます。しかし風車小屋は火の気がない事から、誰かが放火したのではないかと騒ぎ出し、ちょうどハンスがその夜、アロアの家から帰る途中のネロを見かけた事から、ネロが放火犯人の疑いをかけられてしまいます。
 ネロはもちろん自分が火をつけたのではないと言いますが、夜出歩いていた理由を問われたネロは、拾った人形をアロアに届けに行っていたと言うとコゼツ旦那は激怒し「わしはお前が火をつけたとは断言しないが、しかし野良猫のように夜こそこそとアロアに逢った事は絶対に許さんぞ。しかも拾った人形をアロアに」と言ってアロアの持っていたネロの拾った人形を地面に投げ捨てると「いいか、今後二度とアロアに近づくな。さあ行け、お前の顔など二度と見たくない」と言って立ち去ったのです。
 その様子は村人たちのすべてが見ていました。ネロはいたたまれなさと悔しさで、その場を逃げ出しました。人形をアロアに届けに行っただけなのに、ネロは放火の疑いをかけられてしまったのです。独りぼっちのネロはこれからどうすればいいのでしょうか? 冬の夜風よりも冷たいものがネロの胸を吹き抜けるのでした。
第48話 なくなった仕事
 風車小屋の火事の明くる日、ネロがいつものように牛乳運びに通ったのを見てアロアはほっとしました。村人たちの前で放火の疑いをかけられたネロの事がとっても心配だったのです。そして何事もないのを見てアロアも安心して学校に向かうのでした。でもネロとアロアが出かけた後、火事の噂はたちまち村中に広まりネロの上にさらに辛い火の粉が降りかかって来たのです。風車小屋の被害は村人にとっても小さなものではなく、小屋に置いていた収穫されたばかりの小麦をすべて失った人もいました。村人たちはネロが夜、出歩いていた事からネロが放火犯人だと思っており、例えネロが火をつけたのではないと思っていても、ネロをかばう事はコゼツ旦那に逆らう事になってしまい、自分まで肩身が狭くなってしまうのです。唯一ネロに牛乳運びを依頼していたジェスタスさんにも村人たちは辛い言葉を投げつけ、ジェスタスさんもネロに牛乳運びを断らなければならない状況に追い込まれてしまうのでした。
 村に帰って来たネロはアンドレから村の人たちがネロを放火犯人だと言っていると聞かされます。でもアンドレはネロが火をつけたりするはずがないと考えていました。ところがそこへハンスがやって来て「放火犯人なんかに構うんじゃない。そのうちこの村にいられなくなるからな」と怒鳴って行ったのです。アロアに人形を届けただけなのに、ネロは放火犯人にされた悔しさで、コンクールの締め切りが明後日に迫っているというのに、とうとうその日は夜になっても絵を描く気にはなれませんでした。
 翌日、ネロはいつものように牛乳缶を運びにジェスタスさんの家に行くと、ジェスタスさんはネロに済まなさそうに、今日から牛乳運びの仕事をしてもらわなくていいと言いました。ジェスタスさんは自分はネロが放火犯人だとは思っていないが、コゼツ旦那から畑を借りて暮らしている以上、コゼツ旦那に逆らう事はできず、ネロに仕事を与えてやれなくなったと言うのです。ネロはジェスタスさんの言葉を黙って聞いていましたが、話し終わると「そうですか、わかりました」と言ってその場を立ち去るのでした。
 何も知らないパトラッシュは空の牛乳缶を載せた荷車を引いてアントワープに向かおうとします。しかしネロはアントワープではなく自分の家に戻ろうとするのに気付き、ネロに吠えますが、ネロは「パトラッシュ、もう牛乳運びの仕事はないんだ。さあ、家に帰ろう」と言って、今来た道を引き返して来るのでした。
 その日アロアはネロが牛乳缶を引いて通りかからないのを不思議に思っていました。そしてアロアは学校へ行く馬車の上でハンスから、ジェスタスさんも仕事を断ったのでネロはもう牛乳運びをしないと聞かされます。アロアはびっくりして馬車から降りると一目散に家に戻ってお父さんに、ネロが仕事を失ったのはお父さんがネロを放火犯人だと疑っているからだと言い、ネロが無実だと言うまで学校に行かないと言って泣き出しました。「ネロがどんなに辛い思いをしているか、パパになんかわからないわ」と言って…
 ネロは生活費をかせぐ為、薬草を売りにアントワープまで出かけますが、ネロの育てた薬草では売り物にはならず、店の主人のご厚意でわずかなお金をもらうだけでした。もう少しお金になると思っていのに、あまりにも少ないのでネロはがっかりしました。それだけではパン1つ買うのがやっとだったのです。ネロは再び波止場で働こうとしますが、波止場でも仕事は見つかりませんでした。
 ネロは大聖堂のマリア様の絵の前でおじいさんに話しかけます。「おじいさん、僕はどうしたらいいの? 誰もわかってくれないんだ。僕が風車小屋に火をつけたんじゃないって。僕がそんな事するはずないのに。だってあの風車の歯車は僕があんなに一生懸命切った樫の木なんだ。それに僕はあの風車が回る景色が一番好きだったんだ。おじいさん、おじいさんもよく知ってるよね」と言うと泣き出してしまうのでした。
 アントワープからの帰り道、ネロに出会ったアロアは「あたしはネロを信じているわ、ネロはそんな事するはずないもの。ネロ、絵はきっと仕上げてね。そうしないとおじいさんが悲しむわ。きっときっと仕上げてよ」と言ってネロを励まします。またネロに出会ったアンドレもパトラッシュの食事を差し出し「僕、ネロじゃないって信じてるよ」と言ってくれたのです。
 ネロはみんながみんな自分を犯人だと思っていない、自分を信じてくれている人がいるんだという事を知って元気づけられます。そして明日に迫ったコンクールの締め切りに向けておじいさんと過ごした日々を想い出しながら絵を描き続けるのでした。夜、アロアは自分で描いたおじいさんの絵に向かいながら「おじいさん、ネロを助けてあげてね。誰にも負けない絵を描くように祈ってね」と言います。アロアとアンドレの暖かい友情にネロは辛い事も忘れて楽しい夢を見ながら絵を描き続けるのでした。
第49話 描けたよおじいさん
 ついにネロの絵ができあがりました。じっと見つめているとおじいさんがやさしい声で語りかけて来るような、そんな絵だったのです。ネロはさっそくおじいさんに絵を見せに教会の墓地へ行きました。ネロはおじいさんに絵を見せた後、パトラッシュと一緒にアントワープに行こうとしますが、パトラッシュは納屋から荷車を出して引こうとします。パトラッシュはおじいさんの絵を自分で運びたかったのです。クロもアントワープに行きたがった為、ネロとパトラッシュとクロの3人で初雪の降る中をアントワープへ向かうのでした。
 ネロがアントワープへ向かうのを見たアロアはネロに逢いに行こうとしますが、お父さんに止められてしまいます。 コゼツ旦那は相変わらずネロが夜にこそこそとアロアに逢いに来た事が許せなかったのです。そしてエリーナがネロにお菓子を持って行こうとするのまでコゼツ旦那は禁止してしまいます。アロアはお父さんがネロが放火犯ではないと言うまで学校に行かないつもりでしたが、今日学校に行くとアントワープでネロに出会えるかもしれないとエリーナに説得され、学校に向かうのでした。
 ネロは途中ポールに出会いました。ポールはジョルジュからネロがコンクールの絵を出品するのを見届けるようにジョルジュに言われており、雪の中をネロが通りかかるのを待っていたのです。それを知ったネロはジョルジュとホールの優しさに感謝するのでした。ネロとポールはアントワープの公会堂に行きました。ネロはおじいさんの絵をコンクールに応募したのですが、200を越える応募がある事を知り心配になります。現場に駆けつけたアロアはネロに一等を取って来年から自分と同じ学校に通ってねとお願いし、ネロの絵が一等になるよう祈るのでした。
 ネロは帰りに大聖堂に立ち寄りマリア様の絵に祈った後、コンクールに出す前に一度でいいからカーテンのかかったルーベンスの2枚の絵を見たかったと思うのでした。村への帰り道、ポールはクロを一日貸してくれと頼みます。ポールはジョルジュがいなくなったので寂しかったのでした。それを知ったネロはポールにクロを預け、家路を急ぎます。しかしネロも人気のない暗い家に帰るのかと思うとたまらなく寂しくなるのでした。
 家に着くとミッシェルおじさんが来ていました。ミッシェルおじさんはコンクールに絵を応募したのだから、自分ところで暮らす事にしようと言うのです。でもネロはコンクールの発表のあるクリスマスの日まで待ってほしいと言い、それまでは引き続きこの家で暮らす事にしました。その日ネロはミシェルおじさんと一緒に久しぶりに楽しく夕食を食べました。ネロにとって今日はとてもいい一日でした。おじいさんの絵が完成して、アロアに逢えて、そしてミッシェルおじさんも訪ねて来てくれたのです。
第50話 発表の日
 初雪が降ったというのに春を思わせるような朝でした。ネロがこんなすがすがしい気持ちで朝を迎えるのは何日ぶりの事でしょう。暖かいのは天気のせいばかりではありませんでした。寂しいネロの気持ちを慰めようと木こりのミッシェルおじさんが泊まっていってくれたのです。ネロは死んだおじいさんが帰って来たような気持ちでミッシェルおじさんの広い背中を見つめていました。ミッシェルおじさんがネロの為に薪や食べ物を置いて森に帰ってからしばらくすると、村には激しく雪が降り始めました。そしてコゼツ旦那の怒りもあって、アロアと逢う機会もなく、ネロはパトラッシュと過ごす数日が過ぎました。
 そんなある日、ジョルジュとポールがネロの家を訪れます。ポールはクロを返しに来たのですが、ジョルジュはポールが寂しがっているの知り、クロをポールにあげてくれないかと頼みます。それを聞いたネロはクロをポールにあげる事にしました。クロがいなくなるとネロは寂しくなるのですが、ネロにはパトラッシュがいるのに対し、ポールはジョルジュが仕事に出てから独りぼっちだと思ったからでした。
 そしてクリスマスまであと5日となったある日、ハンスがネロの家にやって来ました。ハンスはネロを自分の借家に住まわせていると自分まで村の人から白い目で見られてしまうので、もう家賃はいらないから家から出ていけと言うのです。しかしネロはハンスにお願いしてクリスマスまで出て行くのを待ってもらうように頼みました。クリスマスになれば何とかなるとネロは考えていたのです。
 ミッシェルおじさんが食料と一緒に置いていったお金でネロは何とか暮らしていましたが、残りのお金で食料を買いにアントワープへ出かけた時、ネロは美術館で特別にルーベンスの絵が公開されている事を知りました。入館料は50サンチーム。それはミッシェルおじさんが置いていったお金の残り、すなわちネロの全財産に匹敵しましたが、ネロはルーベンスの絵を見たさに入館料を払って絵を見たのです。それはネロの思っていた通り、素晴らしい絵でした。家に帰ってからもネロの心はルーベンスの絵の興奮に高鳴っていました。そしていつしかネロはその絵の世界にひたり切っていたのです。しかし絵を見てしまった為、ネロにはもう食べる物もお金もありませんでした。
 明日がコンクールの発表という日、とうとうお腹が空いてパトラッシュが倒れてしまいます。ネロはなけなしの食事をすべてパトラッシュに分け与え、自分は何も食べないでいました。明日、明日になればきっといい事があると信じて… パトラッシュを気遣うネロはその日1日中パトラッシュのそばから離れませんでした。そしてアロアは「神様お願いです。きっときっとネロの絵を一等にして下さい」と神に祈るのでした。
 そして運命のコンクールの発表の日、元気になったパトラッシュと一緒に、そして途中からポールも加わって雪の中、アントワープの公会堂に行きました。コンクールの審査に時間がかかりましたが、とうとう審査結果が発表されました。しかし一等はネロの絵ではなく、ネロの絵は落選してしまったのです。ネロは目の前が真っ暗になる思いでした。
第51話 二千フランの金貨
 あれほど心を込め、あれほど力を振り絞って描きあげたおじいさんの絵。もしコンクールで一等がとれたら画家になる道も開けるし、200フランのお金でパトラッシュと暮らしていける。ネロが最後の希望を賭けて出品したおじいさんの絵は落選してしまったのです。ネロの目の前は真っ暗になり心の中を北風よりも冷たい風が吹き抜けていくようでした。ネロは一人になりたいと言ってポールと別れると「パトラッシュ、もう何もかも終わったんだよ、みんなおしまいになっちゃったんだ」そう言ってネロはパトラッシュを抱きしめるのでした。家までの遠い道のり、パトラッシュはお腹が空いて何度となく倒れそうになります。しかしネロには食べ物を買うお金もありません。ネロはパトラッシュの為に近くの家に食べ物をもらいに行きますが、誰も相手にしてくれませんでした。
 ネロとは別にコンクールの発表を見に行ったアロアはネロの絵が落選した事を知ります。がっかりしたアロアが家に着くと、アロアの家では大騒動になっていました。コゼツ旦那が銀行からおろしたばかりの2000フランもの大金を雪の中に落としてしまったのです。コゼツ旦那とハンスは慌てて探しに戻りましたが、いくら探しても見つかりませんでした。
 ネロが空腹で何度も倒れそうになりながら家に向かってパトラッシュと歩いていた時、パトラッシュは雪の中に何かを発見します。ネロが拾って中を確認すると何と2000フランもの大金が入っていたのです。ネロが今までに見た事もない2000フランの金貨、あれ程までに期待したコンクールの賞金の10倍もの大金です。今その1/10でもあればネロもパトラッシュもどんなに救われるか知れないのです。袋にコゼツ旦那の縫い取りがあったので、きっとコゼツ旦那が落とした物に違いないと、ネロはコゼツ旦那の家まで届けに行きました。コゼツ旦那の家でエリーナにお金を渡すと、エリーナは大喜びでネロに食事を提供しようとしますが、ネロはお腹が空いていないと嘘を言って辞退します。その代わりにパトラッシュに何か食べさせてほしいとお願いして寝ているパトラッシュを置いて自分は家に戻るのでした。「自分が家に戻らないとおじいさんが一人で待っているような気がして心配なんだ。すみませんがパトラッシュをお願いします。アロア、じゃあさようなら」と言い残して…
 コゼツ旦那の家を出た時、振り返って「パトラッシュごめんよ、だけどもう僕にはお前を食べさせていく事はできないんだ、アロアと仲良くしておくれ。さよならアロア、君の事は忘れないよ」と最後の別れを心の中で告げるのでした。家に戻ったネロはわずかな家財道具をすべてまとめ、書き置きを残し家を出ます。そして最後にパトラッシュがいつも引いていた荷車に語りかけるのでした。「ありがとう、今までずいぶん役に立ってくれて、でももうお別れなんだ、さようなら」と…
 家を出たネロは猛吹雪の中、おじいさんのお墓に立ち寄ると「おじいさんごめんなさい、僕は精一杯頑張ったつもりなんだけどダメだった、もう家も明け渡さなければならないし、この村では暮らしていけないんだ、僕はどこか遠いところに行くつもりだよ、おじいさんを置いていくのはとても辛いけど許して、じゃあさようならおじいさん」と涙で最後の別れをするのでした。
 絶望のうちに家に帰って来たコゼツ旦那は2000フランが家に届いている事を知りました。アロアは「それを届けてくれたのはパパの嫌いなネロなのよ」と言い、コゼツ旦那は初めてネロの正直さを知ったのです。コゼツ旦那は「わしはあの子に辛くあたってきた。それなのにあの子はわしを恨むどころかわしの為に…」と言い、ネロに償いをしようと決心するのでした。そこへノエルじいさんがやって来るのですが、ネロがいないことに気付いたパトラッシュは家を飛び出してしまったのです。パトラッシュは疲れ切って今にも倒れそうでした。でももっと心配なのはネロの姿が見えない事だったのです。寒さも忘れパトラッシュはネロの足跡をどこまでもどこまでも追い続けるのでした。
第52話 天使たちの絵
 パトラッシュには、なぜネロが自分の側から姿を消したのかわかりませんでした。でも何か大変な事が起こりつつある事は鋭く肌で感じとっていました。コゼツ家の暖かい暖炉もおいしそうなスープの臭いもパトラッシュを引き止める事はできませんでした。ただネロを探す事だけが疲れ果て年取ったパトラッシュの頭の中でいっぱいだったのです。
 ノエルじいさんはコゼツ旦那の家でハンスを問いただします。「風車小屋に火をつけたのはネロではない、ハンスやコゼツが油もささずに風車を使い続けたからだ。それをネロが火をつけたと言いふらしたのは誰なんだ?」と。コゼツ旦那とハンスはネロに謝る為、ネロの家を訪れる事にしました。一足先にヌレットおばさんがネロの家に来ていたのですが、おじいさんやネロの姿が見えません。そこへネロを迎えに来たミッシェルおじさんもやって来て、ヌレットおばさんにジェハンじいさんが亡くなった事を告げます。ヌレットおばさんはたいそう悲しみましたが、ネロの姿はどこにも見えず、ミッシェルおじさんとヌレットおばさんは姿の見えないネロを探しまわりました。そこへアロアやコゼツ旦那、ハンスがやって来てネロの置き手紙を見つけたのです。
 その置き手紙には次のように書かれていました。「ハンスさん、とうとう家賃の残りが払えなくてごめんなさい、足りないかもしれないけれど残った品物を代わりに受け取って下さい。もう僕にできることはそれしかないんです。エリーナおばさん、長い間親切にしてくださってありがとう、パトラッシュを頼みます。アロア、さようなら」
 そこへジョルジュとポール、そしてヘンドリックというコンクールの審査員をした画家が訪れます。ヘンドリックはネロの才能を認め、アントワープが世界に誇るルーベンスの後継ぎとなりうる素質があるから、ネロを引き取って絵の勉強をさせたいと言うのです。しかし肝心のネロは家を飛びだした後でした。コゼツ旦那は「絵ばかり描いている貧しい子供が娘と親しくなるのが気に入らなかった。ただそれだけの事でこの村から追い出そうとさえ考えた。それに引き換えネロはわしが落とした全財産にも相当する大金を拾って届けてくれたのだ。ネロ、許してくれ」と詫びるのでした。そして村人全員で猛吹雪の中ネロの捜索が始まります。ハンスは村の一軒一軒を訪ねてネロがいないかを確認し、コゼツ旦那はネロを家に迎えてアロアと同じようにどんな勉強でもさせてやるとさえ言うのでした。しかし村人の捜索にもかかわらずネロとパトラッシュの居所はまったくわかりませんでした。そしてアロアはネロがコンクールに出したおじいさんの絵に向かって言うのでした。「ネロ、あなたが描いた絵は誰にも負けはしなかったのよ、それなのにどうして行ってしまったの。ネロ、お願い、帰って来て」と…
 ネロはおじいさんに別れを告げた後、夢遊病者のように猛吹雪の中を歩き続けました。途中何度も倒れ、倒れては起き上がり、起き上がっては倒れる事を繰り返しながら… 気がつくとネロは手袋も靴もどこかに落とし、裸足でアントワープの町に来ていました。その時ネロは大聖堂のマリア様の絵を思い出し、大聖堂に向かって歩きはじめたのです。パトラッシュもネロの落とした靴をくわえ、ネロの足跡を追って大聖堂に向かいます。
 大聖堂に入ったネロは、いつもカーテンのかかっているルーベンスの2枚の絵が公開されている事に気付きます。とうとうネロは夢にまで見たルーベンスの2枚の絵を見る事ができたのです。「とうとう僕は見たんだ、素晴らしい絵だ。ああマリア様、ありがとうございます。これだけで僕はもう何もいりません」そう言ったネロは喜びのあまりその場に倒れ込んでしまいました。そこへパトラッシュがやって来てネロのもとに座ります。パトラッシュが自分のもとに来た事を知ったネロは「パトラッシュ、お前、僕を探してきてくれたんだね。わかったよ、お前はいつまでも僕と一緒だって。そう言ってくれてるんだね、ありがとう。パトラッシュ、僕は見たんだよ。一番見たかったルーベンスの二枚の絵を。だから僕はすごく幸せなんだよ」そう言ってネロとパトラッシュはルーベンスの絵を見上げます。ネロはルーベンスの絵が見れた事で幸せいっぱいでした。しかしネロもパトラッシュも寒さと疲労と空腹の為、その命を閉じようとしていたのです。「パトラッシュ、疲れたろう。僕も疲れたんだ。何だかとても眠いんだ。パトラッシュ…」ネロはそのまま倒れ込み再び目を開ける事はありませんでした。ネロの異変を感じ取ったアロアは吹雪の中を駆け出し、泣きながらネロの名前を絶叫するのでした。
 やがて大聖堂の天井からほのかな光がさし込み天使たちがネロとパトラッシュを取り囲みます。天使たちはネロとパトラッシュを連れて空高く舞い上がって行きました。そしてパトラッシュがネロの乗った荷車を引き、お母さんやおじいさんのいる遠いお国へ旅立って行ったのです。もうこれからは寒い事や悲しい事やお腹のすく事もなく、みんな一緒にいつまでも楽しく暮らす事でしょう。
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