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仙台藩白老元陣屋資料館
白老の町の北西2km、道央自動車道白老インター近くに史跡白老仙台藩陣屋跡がある。江戸末期の1854年、幕府は200年間続いた鎖国を解き、アメリカ・ロシアなど各国と通商条約を結んだ。しかしロシアの南下政策を警戒した幕府は蝦夷地の松前藩だけでは広い蝦夷地を防衛できないと考え、東北各藩に蝦夷地の警備を命じた。白老から国後択捉までの警備を命じられた仙台藩では1856年に白老に元陣屋を置き、広尾、厚岸、根室などに出張陣屋を置いて120名体制で警備についた。しかし1868年に勃発した戊辰戦争により仙台藩は旧幕府軍についたため、敗北を重ね蝦夷地に追い込まれた。しかしそんな事も知らない白老元陣屋の仙台藩士たちは箱館からの伝令により自分たちが賊軍となっており近いうちに政府軍が自分たちを討伐に攻めてくると聞き、仙台藩士たちは蝦夷地の警備の任を放棄して仙台へ戻り、陣屋は役目を終えて12年間の幕を閉じた。その元陣屋が置かれていたのがここ史跡白老仙台藩陣屋跡だ。6.6ヘクタールもの広大な史跡公園には建物こそ残っていないが数多くの建物跡や大きな円形の内曲輪と呼ばれる土塁が残っている。これが貴重な文化財と認められ1966年に国の史跡に指定された。その陣屋跡の隣にあるのが仙台藩白老元陣屋資料館だ。ここは北方警備の任についた仙台藩士120名が常駐した元陣屋を再現したジオラマや絵図、蝦夷地の地図、武具、そして仙台藩軍旗など、厳しい冬があり未開拓の北海道での仙台藩士の暮らしぶりを垣間見ることのできる貴重な約300点の歴史的資料が展示されている。入り口には白老元陣屋を紹介するわかりやすい映像があり、まずはこれを見て勉強する事をお勧めする。またこの警備がきっかけで白老町は仙台市と姉妹都市となっている。
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仙台藩白老元陣屋資料館の外観
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仙台藩白老元陣屋資料館の内部
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歴史的資料が展示されている
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史跡白老仙台藩陣屋跡の内曲輪
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